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東京高等裁判所 昭和55年(う)264号 判決 1982年10月29日

判決目次

主文

理由

第一弁護人の控訴趣意について

一被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正についての控訴理由(控訴趣意第一篇の第一ないし第四)

1「三菱重工事件等に殺人・殺人未遂の適用をなした原判決には事実誤認、法令適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第一の一ないし五)

(一)「爆弾攻撃の対象は誰か-爆破事件における殺意の問題」(控訴趣意第一の一)

(二)「三菱重工事件につき被告人らに殺人、同未遂の故意を認めた原判決は誤つている」(控訴趣意第一の二)

(三)「三菱重工事件につき、負傷者杉山喜久子について傷害罪を適用した原判決は法令の適用を誤つている」(控訴趣意第一の三)

(四)「間組本社ビル九階事件について被告人大道寺將司に殺人未遂の故意の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある」(控訴趣意第一の四)

(五)「間組江戸川作業所爆破事件における殺意の不存在について」(控訴趣意第一の五)

2「原判決には憲法の解釈、法令適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の一、二)

(一)「死刑制度は憲法一三条、三一条、三六条に違反する」(控訴趣意第二の一)

(二)「爆発物取締罰則の適用について」(控訴趣意第二の二の(一)ないし(五))

(1) 本罰則の形式的無効論(控訴趣意第二の二の(一)(二))

(2) 本罰則の実質的無効論(控訴趣意第二の二の(一)(三))

(3) 本件各行為における本罰則一条の目的の不存在(控訴趣意第二の二の(四))

(4) 本件各行為における本罰則一条の共謀共同正犯の認定の誤り(控訴趣意第二の二の(五))

3「原判決には訴訟手続の法令違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第三の一ないし三)

(一)「荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件について、公訴棄却の判決をなさなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある」(控訴趣意第三の一)

(二)「大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫の検察官に対する各供述調書に証拠能力を認めた原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反がある」(控訴趣意第三の二)

(三)「原判決には証拠能力につき任意性の判断を誤つた訴訟手続の法令違反があり判決に影響を及ぼすことが明らかである」(控訴趣意第三の三)

4「量刑不当」との主張について(控訴趣意第四の一ないし四)

(一)「正当性の主張について」(控訴趣意第四の一)

(二)「被告人大道寺將司に対する刑の量定不当について」(控訴趣意第四の二)

(三)「被告人片岡利明に対する刑の量定不当について」(控訴趣意第四の三)

(四)「被告人黒川芳正に対する刑の量定不当について」(控訴趣意第四の四)

二被告人荒井まり子についての控訴理由(控訴趣意第二篇の第二の一ないし四)

1「原判決には重大な訴訟手続の法令違反、審理不尽ないしは訴因に明示されていない事実を認定し有罪判決をなした違法があり、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の一の(一)(二))

(一)「訴因制度の無視」(控訴趣意第二の一の(一))

(二)「審理不尽ないしは訴因に明示されていない事実を認定し有罪判決をなした違法について」(控訴趣意第二の一の(二))

2「原判決には法令の解釈適用について誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の二の(一)(二))

(一)「幇助意思についての原判決の判断の誤り」(控訴趣意第二の二の(一)

(二)「幇助行為についての判断の誤り」(控訴趣意第二の二の(二))

3「原判決には事実の誤認ないし法令の適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の三の(一)ないし(五))

(一)「被告人の検察官に対する供述調書の信用性について」(控訴趣意第二の三の(一))

(二)「被告人は『狼』に参加していたとの認定について」(控訴趣意第二の三の(二))

(三)「被告人が交付したクサトールのうち約五〇〇グラムが間組本社九階爆破事件に使用された爆弾の爆薬に費消されたとの認定について」(控訴趣意第二の三の(三))

(四)「無形的幇助行為の認定について」(控訴趣意第二の三の(四))

(五)「資金供与行為が本件各爆破事件についての幇助行為に該当するとの認定について」(控訴趣意第二の三の(五))

4「原判決の被告人に対する刑の量定は不当である」との主張について(控訴趣意第二の四)

第二被告人本人の控訴趣意について

一被告人大道寺將司、同黒川芳正、同荒井まり子の控訴趣意

二被告人片岡利明の控訴趣意

法令の適用

控訴人・被告人 大道寺將司 外二名 弁護人

被告人 大道寺將司 外三名

弁護人 庄司宏 外四名

検察官 田中豊

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人黒川芳正、同荒井まり子に対し、当審における未決勾留

日数中各五〇〇日を原判決の各本刑にそれぞれ算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人庄司宏、同新美隆、同鈴木淳二、同内田雅敏、同高橋耕連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(二通)並びに被告人大道寺將司、同黒川芳正、同荒井まり子連名作成の控訴趣意書及び被告人片岡利明作成の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事加藤泰也作成の答弁書(二通)に記載されたとおりであるから、これらをここに引用する(なお、弁護人は、被告人大道寺將司ほか二名連名作成の控訴趣意書第二編の八の(一)ないし(三)は、弁護人の控訴趣意中の被告人荒井まり子に対する量刑不当の主張の一事情として述べるものである旨付陳した。)。

控訴趣意に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

第一弁護人の控訴趣意について

一  被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正についての控訴理由(控訴趣意第一篇の第一ないし第四)

1「三菱重工事件等に殺人・殺人未遂の適用をなした原判決には事実誤認、法令適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第一の一ないし五)

(一)「爆弾攻撃の対象は誰か-爆破事件における殺意の問題」(控訴趣意第一の一)

所論は、要するに、原判決は、被告人らのいわゆる「反日思想」には、日本人の歴史的存在形態の一態様である「日本国家」の否定はあつても、日本人自体の存在の否定、抹殺のごとき思想は全くないにもかかわらず、被告人らの言う日帝本国人の「自己否定」を敢えて他者による否定として把え、「日本人のあり方の否定」を日本人の存在そのものの否定とすり替え、これと三菱重工爆破事件で多数の死傷者を出したという結果を結びつけて、本件における被告人らの殺人の故意の存在をその思想から論理的に流れ出て来るものとして立証しようとしているけれども、この点から殺意の認定ができないことは明らかであり、また、原判決は、被告人らのいわゆる「反日思想」から三菱重工爆破事件における多数の死傷者の発生につき認容があつたと認定する理由として、被告人大道寺の原審における最終陳述をとりあげているが、同被告人がその最終陳述のなかで述べたことは、多数の死傷者を出した三菱重工爆破事件を失敗であつたと評価し、その失敗の原因についての自己批判と、事件後「狼」が出した声明文で三菱重工爆破の結果を正当化するような評価をしていることに対する自己批判であつて、原判示のように、日本帝国主義の分析のあいまいさや敵・味方の区別についての明確な意識がなかつたことが直接に大衆蔑視の視点を生み、爆弾により多数死傷者が発生する可能性について認容したことを認めたものではない、というのである。

しかしながら、関係証拠、特に、被告人大道寺、同片岡の両名が執筆した「腹腹時計」と題するパンフレツトには、いわゆる「反日思想」についての記述、例えば、「日帝本国の労働者、市民は、植民地人民と日常不断に敵対する帝国主義者、侵略者である。」「日帝の手足となつて無自覚に侵略に荷担する日帝労働者が、自らの帝国主義的、反革命的、小市民的利害と生活を破壊、解体することなしに、『日本プロレタリアートの階級的独裁』とか『暴力革命』とかを、例えどれ程唱えても、それは全くのペテンである。」「日本帝国に於いて唯一根底的に闘つているのは、流民=日雇労働者である。」「われわれに課せられているのは、日帝を打倒する闘いを開始することである。法的にも、市民社会からも許容される『闘い』ではなくして、法と市民社会からはみ出す闘い=非合法の闘い、を武装闘争として実体化することである。」などの記載があり、更に、「腹腹時計」の技術篇では、武装闘争=都市ゲリラ戦に必要な時限式手製爆弾の作り方の解説があることからみても、被告人らは、いわゆる「反日思想」に基づく反日武装闘争において、爆弾使用闘争を是認して行動していたことは明白であるといわなければならない。もともと、爆弾は、強大な破壊力と殺傷力を有するものであるから、爆弾を都会地や会社の事務所等に仕掛けて爆発させることは、付近に人が居れば当然その死傷の結果が予想されるところであつて、右の結果発生を防止するための特段の措置を講じた場合は別として、そうでない限り、死傷の結果を当然認容していたことを意味するものである。現に、「狼」グループの構成員である被告人片岡は、検察官に対し、「狼」が三菱重工ビルの爆破計画を決定する経過を説明するなかで、「爆弾闘争をやる以上、巻きぞえとなる死傷者が出ることは避けられないわけで、死傷者を出すのがいやなら最初から企業を対象とする爆弾闘争をやらなければよいのであり、私達が爆弾闘争に踏み切つたことは、巻きぞえとなる死傷者が出ることを爆弾闘争の宿命として覚悟した上のことでありました。しかし、私達も労働者の殺傷それ自体が目的だつたわけではありませんから、死傷者は少ないほど良いし、出来ることなら皆無にしたいと思つていたことも、また事実であります。これは、私を含め(大道寺)將司、(大道寺)あや子、佐々木(規夫)の気持でもありました」(被告人片岡の昭和五〇年六月一二日付検察官調書八項)と述べており、右供述は、被告人らの「反日思想」に基づく爆弾闘争によつて人を殺害したり、死亡の結果を惹起することを是認していたことを率直に言い表わしているものといつてよい。

したがつて、原判決が、被告人らの「反日思想」に表われている考え方を、三菱重工爆破事件における死傷者の発生につき、被告人らに認容があつたと認定するための一資料としたからといつて、そのこと自体はかくべつ不当であるとは考えられないし、所論の指摘する被告人大道寺の最終陳述の点を考慮してみても、右判断を左右するに足るものとは認められないので、結局、所論は採用することができない。

(二)「三菱重工事件につき被告人らに殺人、同未遂の故意を認めた原判決は誤つている」(控訴趣意第一の二)

所論は、要するに、原判決が判示第五の事実(三菱重工爆破事件)につき、被告人大道寺將司、同片岡利明に殺意があつたと認定したのは事実を誤認したものである、というのであり、その論拠として、<1>同被告人らは本件爆弾の威力を十分には認識していなかつたこと、<2>本件爆弾による被害は、爆発現場の空間の閉鎖性に基づく特殊効果により発生したもので、ビルのガラスが道路側へ落下することは同被告人らにおいて予想しえない事態であつたこと、<3>同被告人らは絶対に死者を出すべきではないと考えていたので、事前に予告電話をして避難するよう警告し、かつ、本件爆弾の外部に危険物である旨警告の表示をしたこと、<4>本件爆弾の爆発による負傷者のうち一〇四名については全く死亡の可能性がなかつたこと、などを挙げている。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも加え、本件につき被告人らの殺意を認めた原判決の当否について、以下、項を分けて順次検討する。

(1) 被告人らが本件爆弾の威力を十分には認識していなかつたとの点について

所論は、被告人らは、本件以前に手製雷管を起爆装置としたセジツト爆薬の爆発実験をした際、雷管が破裂したのみで、セジツトは雷管の周辺にあるものが燃えただけでそのまま残る状態であつたことから、本件セジツト爆薬の威力を過少に認識していたこと、そのため、被告人らは、セジツトにオージヤンドルを混合させて爆発させる方法を考えたが、その場合でも、セジツトの一部が爆ごうすれば、最大限TNT爆薬の三割の威力を、セジツトが爆燃にとどまれば、TNT爆薬の一割以下の威力をそれぞれ予測していたこと、本件セジツト爆薬が爆発によつて強大な威力を発揮したのは、たまたまセジツトを缶体に詰め込む方法が適切であつたことによるものであること、被告人らは、本件セジツト爆弾の爆発による爆風圧が爆心地から一定距離以上離れると猛度の高低の差よりはるかに小さい差しか生じないという本件爆弾の特質を全く知りえなかつたこと、本件爆弾はもともと荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀事件に使用するために製造されたものであるが、セジツト爆薬の実験結果により、被告人らは天皇の直撃爆死を不可能と考えていたこと、などを主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人らが製造、使用した本件二個の爆弾は、原判示のとおり、塩素酸ナトリウム約九〇パーセント、ワセリン約三パーセント、パラフイン約七パーセントの割合で混合したセジツト爆薬を主薬とし、これに塩素酸ナトリウム約五〇パーセント、砂糖及び黄血塩各約二五パーセントの割合で混合した白色火薬、塩素酸ナトリウム約六〇パーセント、砂糖約三〇パーセント、硫黄約一〇パーセントの割合で混合した白色火薬及び塩素酸カリウム約五〇パーセント、砂糖及び黄血塩各約二五パーセントの割合で混合した少量の白色火薬とを加えた爆薬を、二十数キログラムずつほぼ等量に、一個の容量約二〇リツトル余の金属性ペール缶二個に詰め、これに手製雷管各一個をそれぞれ装着した大型の手製爆弾であり、その威力は、本件二個の爆弾の爆発により、爆心地近くの三菱重工ビル玄関前付近、同ビル一階玄関ホール付近、同ビル西側歩道上に居合わせた清涼肇ら八名が死亡(うち五名は即死)し、爆心地周辺路上及び周辺ビル内に居合わせた村田英雄ら一六五名の多数の者が負傷(そのうち加療一か月以上の重傷者は五十数名)するとともに、三菱重工ビル及び三菱電機ビルをはじめ、周辺の高層ビルの多くが窓ガラス等を破壊され(本件爆心地直近の歩道上に設置されていた直径一・〇八メートル、重量合計約三四八キログラムの人造石のフラワーポツトが粉砕されて跡形もなく飛散し、長片一二センチメートル、短片七センチメートルもある大きなフラワーポツトのコンクリートの破片等が三菱重工ビル二階の技術契約課の室内に飛び込んでいるほか、三菱重工ビル正面玄関の金属性ドア二個が約二〇メートルも吹き飛ばされ、正面玄関及びその周辺は原形をとどめないほどに破壊され、地上九階の三菱重工ビル及びこれと道路を挾んで向かい合つていたほぼ同規模の三菱電機ビルの爆心地に面した側の窓ガラスは最上階に至るまでほぼ全面的に破壊され、更に、爆心地より約七〇メートル以上の距離にある三菱商事ビル別館、千代田ビル及び古河ビルの窓ガラスも爆心地に面した部分が広範囲にわたり多数破壊されている。)、合計四億円余に達する物的損害を被るなど、多大の人的・物的損害が発生していることによつて明らかなとおり、極めて強大なものであつたことが認められる。したがつて、本件爆弾が客観的に極めて威力の強烈なものであつて、爆心地付近はもとより、相当広範囲にわたつて、現在する不特定多数人を殺傷するに足る威力を有していたことは明白といわなければならない。

そこで、更に、本件爆弾の威力についての被告人らの認識、予見の有無について検討してみると、関係証拠によれば、被告人らが本件爆弾を製造する以前に、数回にわたる爆弾の爆発実験や四件の爆破事件(原判示第一ないし第三の一、二の事実)を敢行していること、被告人両名は爆弾教本「腹腹時計」を執筆して手製爆弾について相当高度な知識を有していること(右「腹腹時計」の第二章展開、第一篇爆破の項に、「砂糖で代用した火薬は五キログラム単位ぐらいで使わないと威力は望めない。塩素酸カリウムを主剤にした火薬、爆薬を混合し併用するならば、より良い結果を引き出しうる。なお、対人殺傷用で確実にその人間に接近して爆発させられる場合は、この十分の一程度でよい」旨記載されており、被告人らが各種爆弾の一般的威力についても相当な知識を有していたことがうかがえる。また、被告人大道寺將司の居室から押収された「火薬と発破」と題する専門書の塩素酸塩爆薬の項に、「塩素酸塩が分解し酸素を遊離する速度が急激なために、この爆薬は威力は大きいが摩擦、衝撃に対し鋭敏である」と記載され、同じく押収されたバインダーに編綴されているセジツト爆薬に関するメモに、「その製造中は比較的危険性が少ないが、爆力はかなり強い」との記載があることからみて、セジツト爆薬の威力が一般的にも強力なものであることを認識していたことが認められる。)、本件爆弾は、もともと天皇特別列車を荒川鉄橋で爆破して天皇を暗殺する目的で製造された爆薬量の極めて多い大型爆弾であり、その数も二個であること(なお、右爆破計画は、右特別列車そのものの爆破ではなく、枕木と密着して爆弾を仕掛け、線路や枕木にシヨツクを与えて列車を一瞬浮き上がらせることを予定していたにすぎない旨の被告人らの弁解は、客観的な状況や証拠((爆弾を橋桁の主桁の側面に吊り下げるようにして仕掛け、橋桁もろとも天皇特別列車を爆破しようとしたものと認められる))と矛盾し、到底措信できないが、かりに、弁解のとおりだとしても、爆弾を爆発させたうえ、固定された線路や枕木とともに重量のある列車を押し上げようと予定したものであるから、被告人らにおいて本件爆弾の威力が極めて強大であることを認識していたことは明らかである。)、被告人らは、本件爆弾の起爆力を高めるため起爆装置に手製雷管を用い、また、爆発力を強めるため数種の混合爆薬を用い、その充填の方法にも工夫をして塩素酸カリウム系の爆薬を雷管の周囲に充填したこと、弾体となる容器に気密性が高く頑丈なものを用い爆発力を高める工夫をしたこと、などの事実が認められ、これらの事実に照らすと、被告人らが本件爆弾の爆発の威力が強大であることを十分認識、予見していたことは明らかといわなければならない(特に、被告人大道寺將司の昭和五〇年六月一二日付〔乙一の15〕、同月一四日付、同月二四日付検察官調書、被告人片岡利明の昭和五〇年五月二二日付、同月二五日付、同月二六日付、同年六月一日付、同月一二日付検察官調書、大道寺あや子の昭和五〇年六月一五日付、同月一七日付、同月二三日付検察官調書謄本、浴田由紀子の昭和五〇年六月一六日付〔甲共二の13〕検察官調書謄本参照)。なお、爆薬と爆風圧の関係についての実験結果によると、猛度の比較的高い三号桐ダイナマイトと猛度の低い硝安油剤爆薬とセジツト爆薬の三種類の爆薬の間で、爆風圧力の面ではあまり差異はなく、爆心周辺に対する破壊力にも大した違いはないことが明らかであるが(荻原嘉光作成の昭和五〇年一一月一〇日付鑑定書二通及び同人の原審第二五回公判の証言参照)、右の事実は、本件爆弾の爆発により現実に発生した物的、人的な被害の結果及び本件爆弾が被告人らにおいて白昼、都心の高層ビル街の路上に仕掛けて爆発させたものであることなどを考慮すると、被告人らの本件爆弾の威力についての認識、予見に関する前記認定の妨げになるものとは考えられない。

結局、(1) の点に関する所論は採用することができない。

(2) 本件爆弾による被害は、爆発現場の空間の閉鎖性に基づく特殊効果により発生したもので、ビルのガラスが歩道上へ落下することは被告人らにおいて予想しえない事態であつたとの点について

所論は、我が国の閉鎖空間における爆発現象の研究が極めて少なく、特に、爆発が都市空間に及ぼす影響という分野では公表された文献も存在しないので、被告人らには半閉鎖空間における爆発現象やガラス落下についての知識が全くなく、本件爆弾による被害が広範囲なガラス窓の損壊のため大きくなることを予想できなかつた、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、本件爆弾の爆発した場所は、原判示のとおり、近代高層ビルが立ち並ぶ丸の内ビジネス街の一角に位置する三菱重工ビルと三菱電機ビルとの間の通称丸の内仲通りの歩道上であるから、開放された場所に比し、爆風圧による破壊力が強まることは容易に想像され(原審証人荻原嘉光は、本件現場はいわゆる拘束空間といいうる旨供述しており、同人作成の昭和五〇年一一月一〇日付鑑定書にも、「大きい爆風圧力がビル街の中にあつて空間に自由拡散せず反射波となつて遠方まで破壊力を及ぼしたことが考えられる」旨の記載がある。)、被告人らの執筆した「腹腹時計」の第二章展開、第一編爆破の項にも、爆弾の破壊力をより大きくするために、仕掛け場所は、閉鎖された場所を選ぶように記載していることからみても(この理は、本件爆弾が仕掛けられた高層ビルにはさまれた半閉塞状態の場所にも、ある程度適合することは容易に想定しうるところである。)、被告人らは、本件高層ビル街の道路上に仕掛けた爆弾の爆発によつて、相当広範囲にわたり周辺のビルの窓ガラスが爆風圧等により破壊されることを予測していたものと推認できるし、もともと高層ビル街において爆弾を爆発させその被害が及ぶ範囲について実験した事例等はないのであるから、被害の範囲などを正確に予想することは困難であり、しかも、都会地において爆弾を爆発させた場合には、その爆発による直接の被害のほか、副次的に二次、三次の災害の発生も予想されることを考えあわせると、被告人らにおいて本件爆弾の威力に応じた結果の発生することは当然予見、認容していたものとみるべきであつて、本件爆弾の爆発によつて生じた各ビルのガラスの損壊の結果についても、これを認容していたものといわなければならない。現に、被告人片岡利明は検察官に対して、「この爆弾を二個仕掛けるということは四〇キロの爆弾を仕掛けることになるわけで、道路側に面したビルの窓ガラスは全部爆風等で破壊され、あるいははずれ落ちるだろうし、そうなればこの攻撃は成功だというのがみんなの結論でありまして……」と供述していることは、その間の事情を言い表わしているものといつてよい(被告人片岡利明の昭和五〇年六月一二日付検察官調書参照)。

なお、原判決は、被告人大道寺將司の居室から押収された前記書籍「火薬と発破」一六九頁以下に「爆風の挙動」として、「爆風ははじめに大きなプラスの圧力を持つているが、そのあとにマイナスの圧力を持つた領域が続く、そして時間的には後者の方が長い」と記載され、圧縮相と吸引相の爆風圧力の変化が図解により説明されていることから、被告人らがこれを読んでいたとすれば、強い爆発が起つた場合、当初は爆風のプラス(圧縮)の作用で割れたガラス片が室内の方へ飛散するが、次にはマイナス(吸引)の作用で割れ残つていたガラス片が室外に飛散するという理論面まで知つていたことになる旨判示していることは、所論の指摘するとおりであるが、被告人らにおいて右「爆風の挙動」に関する記述を全く読んでいなかつたとしても、そのことから直ちに本件被害が被告人らにとつて予想外の事情によつて生じたものといえないことは、さきに述べたところから明らかである。

したがつて、被告人らは本件爆弾の爆発によつて相当広範囲にわたり周辺ビルの窓ガラスが爆風圧により破壊されることを予測していたものと認められる旨の原判決の説示は、相当として是認することができる。結局、(2) の点に関する所論は採用できない。

(3) 予告電話等について

所論は、被告人らに殺意がなかつたと主張する理由として、被告人らが本件爆弾を三菱重工ビル玄関前の路上に仕掛けたのは、三菱重工ビルや三菱電機ビルに対し物理的損壊による損害を与え、過去の企業罪悪を糾弾し、現在の経済侵略を戒めることが目的であつて、三菱重工の労働者や通行人を傷つけることは目的でなく、死傷の結果は避けられるものと考えており、現に、被告人らは、本件爆弾の爆発による死傷の結果を回避するため、事前に予告電話をして避難するよう警告し、かつ、本件爆弾に危険物である旨警告の表示を行つたこと、右予告電話を爆発五分前にしたのは、いわゆる虹作戦(原判示第四の荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀事件)の失敗後、被告人らにおいて三菱商事社長藤野忠次郎の暗殺の可能性を検討し、右藤野宅を下見したところ、警備が厳重であつたので、当然三菱重工ビルにおいても警備が厳しく、爆破予告電話により直ちに避難態勢がとられるものと誤信した結果、予告電話を爆発五分前で十分であると考えたこと、本件後に被告人らが公表した「声明文」は、被告人らの殺意を示す証拠とはなりえないことなどを指摘する。

しかしながら、被告人らが本件爆破予告電話を爆発時刻の五分前で十分と考えた理由として述べるところは、いかにもその根拠が薄弱であつて不合理であり、いかに三菱商事社長藤野忠次郎方の私宅の警備が厳重であつたとしても、そのことから、右私宅とは規模、周囲の状況等において著しく異なる三菱重工ビルも右私宅と同様に警備が厳重であり、予告電話により直ちに避難態勢がとられるものと想定することはできないし、その予告電話の内容も、具体的な仕掛け地点、爆発時刻、爆弾の形状など重要なことは全く通告していないのであるから、かりに、五分前に予告電話が通じたとしても、原判決の説示するとおり、警察への連絡、その出動、ビル内に現在する人々への退避連絡、退避行動、通行人への退避連絡、その退避行動、交通制限措置等がとられる可能性は極めて少なく、殆んど不可能に近いこと、もともと、予告電話は必ずしも確実に相手に通じるとは限らないのに、これを担当した佐々木規夫と爆弾の仕掛けを担当した被告人大道寺將司との間に、予告電話が予定時刻までに完全に通じたかどうかを確認する打合せも全くなされていなかつたこと(現に、本件予告電話は、佐々木規夫が爆発時刻の五分前に行うことになつており、当日午後零時三七分ころ最初に三菱重工ビル管理室に電話したところ、途中で相手から切られ、更に、その直後三菱電機ビルの管理室にも電話したが、やはり途中で切られて通じなかつたため、最後に三菱重工ビルの受付に電話し、電話に出た女性に、爆破予告と退避勧告を行つたことが関係証拠により認められる。)、被告人らは、通行人の避難措置がとられたかどうかも確認せず、現場から立ち去つていることなどの事実に照らすと、被告人らは、予告電話によつて三菱重工ビル及び三菱電機ビル内に現在する人々や一般通行人までも確実に退避させて被害が及ぶことを回避できると考えていたとは到底認められない旨の原判決の説示は、相当として是認することができる。

したがつて、被告人らは、予告電話が通じなかつたり、不十分である場合には、前述したとおり、本件爆弾の規模(多量の爆薬を使用した大型爆弾で、極めて威力の強烈なものであつて、爆心地付近はもとより、相当広範囲にわたつて、現在する不特定多数人を殺傷するに足りる威力を有していたこと)、爆発時刻及び仕掛け場所(近代高層ビルが立ち並ぶ丸の内ビジネス街の一角に位置する三菱重工ビルと三菱電機ビルとの間の通称丸の内仲通りの歩道上であり、同所は、ウイークデーの昼休みの時間帯には、周辺のビルに勤務するサラリーマンなどの通行でにぎわうところであるが、爆弾を仕掛けた三菱重工ビル正面玄関前は特に人の出入りの多い場所であること)などからみて、爆心地周辺はもちろん、その付近の路上、ビル内で爆弾の爆発力によつて死亡する可能性のある範囲内に現在する不特定多数の人を死亡するに至らせうることは十分認識していたものといわなければならない。

もつとも、本件爆弾の表面に危険物である旨の警告表示を行つたことは所論のとおりであるが、関係証拠によれば、右表示は、包装した本件爆弾を被告人大道寺將司らが日中運搬したり、道路上に仕掛けたりする際に、他人から見られてもあやしまれないよう納品中の商品のように見せかけるための偽装手段であつて、通行人等に危険物であることを警告して避難させるための手段としてなされたものでないことは、原判決の説示するとおりであり、また、缶体に貼りつけた危険物の表示も、直接外部から認識できるものではないから、このようなものによつて警告の効果があるとは到底考えられない(大道寺あや子の昭和五〇年六月一六日付検察官調書謄本参照)。

以上述べたところから明らかなように、被告人らが、本件爆弾の爆発前に予告電話をしたことや、本件爆弾の表面に危険物である旨の警告表示を行つたことは、被告人らの本件被害者らに対する殺意を否定する根拠とはなりえないものである。

また、本件後に、被告人らが公表したいわゆる声明文についても、原判決は、「右声明文自体が直接被告人らの殺意を推定させるものではない」としたうえで、これを被告人大道寺將司の原審における最終陳述と「腹腹時計」等の記載内容とともに、被告人らの反日武装闘争の一環としての企業爆破攻撃についての考え方を推認する一資料としているに過ぎないことは原判文に照らし明らかであるから、右声明文についての原審の証拠評価は、所論の指摘する「被告人らが組織の志気に影響があるのをおそれたため、三菱重工爆破事件の作戦上の失敗と死傷者に対する哀悼の気持を率直に公表することができずに、開きなおりの闘争宣言を内容とする声明文となつてしまつた」との点を考慮に入れてみても、かくべつ誤りがあるとは考えられない。

結局、(3) の点に関する所論は採用することができない。

(4) 本件爆弾の爆発による負傷者のうち一〇四名の者については死亡の可能性が全くなかつたとの点について

所論は、爆心から半径約二〇メートルの圏外にいた者(半径二〇メートルの圏内にいた者についても、自動車などの障害物があつた場合は同様に解する。)については、弾体片の直撃で死亡する危険性はなく、また、ビル上部から落下するガラス破片による負傷者の死亡する可能性についても、爆風の衝撃で完全に失神した者、爆風で完全に転倒して無防備の状態になつた者、失神や転倒をしなかつたが、落下ガラスで現に生命にかかわる重傷を負つた者などを除き、その他の者はガラスの落下と同時に退避行動がとれるので死亡の危険性が少なく、現にガラス落下が原因となつて死亡した者は存もなかつたし、ビル内にいた者についても、爆心から半径二〇メートルの圏外にいた者及び半径二〇メートルの圏内にいたが爆心に直面しない者は、弾体片と同程度の勢力をもつガラス破片によつて直接致命傷を受ける危険性はなく、更に、負傷者の傷の深さからみて、一〇ミリメートル以上で、かつ、その傷が内臓、中枢神経、動脈を損傷した者のほかは死亡する可能性はなかつたと考えられるので、結局、原判決の別紙負傷者一覧表番号7、13、16、ないし18、20ないし23、25、26、28、29、36ないし38、40、42、43、45、48、49、62ないし64、66、68ないし70、72ないし78、82、83、85ないし95、98ないし123、125ないし149、151ないし153、160の一〇四名の者については死亡の可能性は全く認められない、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、本件爆心地から南に約二〇メートル離れた三菱重工ビル前の歩道上を歩いていた松田とし子は、爆風で飛ばされ頭部を打つて右大脳挫砕により死亡したこと(原審証人小松久晴の供述及び鑑定医三沢章吾の原審証言並びに同人ほか一名作成の鑑定書参照)、爆心地から南へ六十数メートル離れた古河ビル西側歩道上にいた遊川昭三(原判決添付の別紙負傷者一覧表番号158、以下負傷者につき、同表の番号だけを略記する。)の左足に受けた爆創は、貫通してその傷口がぱつくりと開いでいたほどであつたこと、右遊川のいた地点より本件爆心地に近く、かつ、爆心から半径二〇メートルの圏外にいた者でも重傷を負つた者(番号10ないし12、14、15、19、32、33、35等)が多数いることなどの事実が認められるから、「死者の出た爆心地付近はもちろんのこと、三菱重工ビルと三菱電機ビルの間を通ずる通称丸の内仲通りのうち、三菱重工ビル玄関前の爆心地から南北に少なくとも約五〇メートルの範囲内の路上にいた人々は、本件爆弾の爆発による爆風、飛散する弾体及び損壊した建物等の破片によつて死亡する可能性のある範囲内にいたものと認められる」旨の原判決の説示は、相当として是認することができる。もつとも、本件負傷者のうちに、前記丸の内仲通りの道路上に駐車中のトラツクの蔭にいたため、大きな被害を受けなかつた者(番号7、25、26、28、29)、あるいは右道路上で被害を受けたが、たまたま傷害の程度が軽かつた者(番号13、16ないし18、20ないし23、36ないし38、40、42、43、45、48、49)が存することは、所論指摘のとおりであるが、右の事実は、本件爆弾の爆発によつて現実に生じた建物等の損壊の状況及び付近にあつた自動車の破損状況、被害者の死体の損傷状況、負傷被害者の負傷した地点及び負傷の状況等と対比すると、本件爆弾の爆発による被害者の死亡の可能性についての前記判断を左右するに足るものとは考えられない。

また、本件爆心地から約一〇〇メートル以上も離れている日本郵船ビルの東側歩道上を歩行していた菅沼純一(番号155)は、本件爆発によつて破損し大量に落下したガラス片を左側頭部に受けて裂傷を負い、一五針も縫合しており、入院当初二、三日は意識も断続的であり、入院一週間を含めて加療四週間を要する頭部裂傷の重傷を負つたこと、爆心地から約七〇メートル前後も離れた千代田ビル北側歩道上を歩行していた泉頭三夫次(番号163)も、本件爆発により猛烈な勢いで落下してきたガラス片を全身に浴び、その一部が頭部に突き刺さつて骨にまで食い込み、左頭頂骨開放性陥没骨折の傷害を負い、合計五七針も縫合し、入院三二日間を含み、加療四か月を要したこと、同所歩道上にいた尾迫通夫(番号164)、綾井和子(番号165)も、滝のように降つてくる落下ガラス片によつて原判示のような重傷を負つたこと、三菱電機ビル北側歩道上にいた武石律子(番号156)、渡辺惠子(番号157)も、体が吹き上げられるような強い風圧を受け、雨のように降り注ぐガラス破片を受け、それぞれ原判示のように腱断裂を生ずるほどの創傷を負つたこと、千代田ビル東側歩道上にいた大森敦子(番号162)も、落下するガラス片によつて、実際上は約五〇日の通院加療を要する右背中部より左横隔膜に達する裂傷を負つたこと、古河ビル西側歩道上にいた遊川昭三(番号158)は、ガラス破片が雨のように落下したのを目撃したこと、三菱重工ビルと三菱電機ビル間においては、車道上の自動車のトランクにガラス片が突き刺さつていること、三菱電機ビル東側歩道上にいた市村彰三(番号37)の所持していた鞄を落下ガラス片が突き抜けていること、同人や同ビル東側歩道上にいた宮内千鶴子(番号45)は、破損ガラスが雨のように落下するのを目撃したこと、などの事実も関係証拠により認められるから、「日本郵船ビル東側路上、千代田ビル北側路上、三菱電機ビル北側路上、千代田ビル東側と古河ビル西側間の路上、三菱重工ビル西側と三菱電機ビル東側の間の路上等にいた被害者らは、本件爆弾の爆発によつて破壊されて落下したビルの窓ガラス片により死亡する可能性のある範囲内にいたものと認められる」旨の原判決の説示も、相当として是認することができる。なお、本件負傷者のうちに、ガラス片による傷害の程度が軽かつた者(番号160)が存することは所論の指摘するとおりであるが、右の事実は、前記負傷被害者らの負傷した地点、負傷の状況及びその程度等と対比すると、本件爆弾の爆発により破壊されて落下したビルの窓ガラス片による被害者の死亡の可能性についての前記判断の妨げとなるものとは考えられない。

更に、三菱重工ビル一階玄関ホール付近及び一階喫茶室にいて創傷を受けた被害者についてみると、これらの場所は、爆心地に近く、死者四名のほか重傷者一三名(番号50ないし61、65)を出したところであり、同ビル玄関付近での建物の損壊状況等をあわせ考えると、同所に居合わせた被害者らは、爆弾の爆発力によつて死亡する可能性がある場所にいたと認められることは言うまでもなく、所論指摘の負傷者(番号62ないし64、66、68ないし70、72ないし78)についても、たまたま柱等の蔭にいたとか、あるいは爆心に面した窓ガラスにブラインドが掛けてあつたとかの事情により、軽い傷害を負つたにとどまつたというにすぎないから、右の認定の妨げになるものとは考えられない。

また、三菱重工ビルより三菱ビルへ通ずる中廊下にいて創傷を受けた所論指摘の被害者小林美由紀、同関みゆき(番号82、83)についてみると、同女らはそれぞれ原判示のような創傷を受けたが、特に、関みゆきは、爆心地の方向よりものすごい勢いで叩きつけるようにガラスが当つたと述べており、小林美由紀も、うしろから爆風とともにガラスが吹きつけて、首、耳のうしろ辺に三針縫う創傷を負つたことは関係証拠により認められるから、これに、前記中廊下における本件爆弾の爆発による被害状況(特に、喫茶店ポポロ前付近にいたと認められる大和恭子、井口満里子、渡辺徳二((番号79ないし81))のうち、大和は加療一年一か月を要する右坐骨神経断裂等の重傷を負い、井口も原判示のような加療八〇日を要する重傷を負い、渡辺は降りかかつた内装材や飛んできたガラス片を受けて原判示のような加療約一か月を要する創傷を負つたが、二ないし三・五センチメートルのガラス破片が食い込んだ同人の頬の傷はほとんど頸動脈に達するほどのものであつたこと)をあわせ考えると、「前記中廊下にいた被害者は本件爆弾の爆発による爆風、弾体の破片、損壊した建物、ガラスの破片等によつて死亡する可能性のある範囲内にいたものと認められる」旨の原判決の説示は相当として是認することができる。

次に、三菱重工ビル及び三菱電機ビル内にいて爆発によつて飛散した窓ガラス等の破片を身体に受けて創傷を負つた者についてみると、所論の指摘する負傷者(番号85ないし95、98ないし123、125ないし149、151ないし153)は、いずれも、その負傷の部位がたまたま身体の枢要部を外れ、致命傷とならなかつたもの、あるいは、とつさに両手で顔や頭を覆つて壁際にしやがみこんだり、机の下や柱の蔭にかくれたりしたため、致命傷となるような傷害を負わなかつたものであるから、本件爆弾の爆発により破壊されて落下ないし飛散した窓ガラス片により死亡する可能性のある範囲内にいた者ではないと断定することはできないし、かえつて、関係証拠によれば、三菱重工ビル及び三菱電機ビルの爆心地に面した窓ガラスは、ほとんどが破壊されており、その一部が室内に飛散し、その余のガラス片は路面が見えないほど道路一面に落下し、これらのガラス片の中には、大きいものや、破砕面の鋭利なものも相当存在していたことが認められるから、このようなガラス片が身体の枢要部に突き刺さり、致命傷となるおそれのあることは言うまでもないところである。現に、三菱重工ビル二階技術契約課にいた中川新二(番号96)は、頭を何かで打撃されたような衝撃を受け、天井から内装材が降り落ちてきた旨供述しており、五〇か所受傷して一〇針縫合し、三六日間の加療を要する原判示創傷を負い、また、同ビル五階にいて窓を背にしていた深川献太郎(番号124)は、机もろとも前に倒れるような感じと腹部に火傷したような痛みを感じ、約一か月の加療を要する左側腹部切創を負つたが、その深さは約八センチメートルに及ぶもので重傷であつたこと、三菱電機ビル七階にいた内田康司(番号150)は、爆発の瞬間頭を何かでひどく叩かれたような衝撃を受け、加療約六週間の原判示創傷を負つて合計三〇針ぐらい縫合したが、特に左手指の腱は完全に切れたこと、など前記ビル内にいた者が相当な重傷を負つているし、更に、三菱重工ビル二階以上及び三菱電機ビルの各階の爆心地に面した窓の近くに居た者の多くが、爆発によつて飛散した窓ガラス等の破片を身体に受けて原判示のような創傷を負つているのである。

右に述べたところから明らかなように、本件爆弾は、単に爆心地付近に現在した人を殺害するにとどまらず、窓ガラス等の破損により、その破片が落下ないし飛散する付近に現在する不特定多数の人をも死亡させる危険性があつたものといえるから、本件爆弾の爆発による負傷者のうち一〇四名の者について死亡の可能性が全くなかつたとの所論は、到底採用することができない。

以上(1) ないし(4) において詳述したとおり、被告人大道寺將司、同片岡利明らが本件爆破に用いた爆弾の構造、大きさ及び個数、本件爆弾の爆発により現実に発生した物的・人的な損害の結果、同被告人らの有していた爆弾に関する相当高度な知識並びに本件爆弾の威力についての認識、本件爆弾を製造した当初の使用目的、本件爆弾は、同被告人らが反日武装闘争の一環として海外進出企業の爆破を目的として白昼、都心の高層ビルが立ち並ぶ丸の内ビジネス街の道路上に仕掛けて爆発させたものであること、同被告人らが爆発によつて破壊されたビルの窓ガラス破片の落下により通行人等に創傷を与える可能性のあることを十分認識していたこと、予告電話等によつては爆心地付近の路上及びビル内に現在する不特定多数人を退避させる可能性が極めて少なく、同被告人らもこのことを認容していたと認められること等を総合すると、被告人両名は、本件爆弾の爆発によつて死亡する可能性のある本件爆発地点及びその周辺一帯に現在する不特定多数人を死亡に至らせうることを認容していたものと認められるから、原判示第五の事実(三菱重工爆破事件)につき、右被告人らに、原判示杉山喜久子を除くその余の被害者に対する殺意を認めた原判決の事実認定に誤りはなく、この点に関する論旨は理由がない。

(三)「三菱重工事件につき、負傷者杉山喜久子について傷害罪を適用した原判決は法令の適用を誤つている」(控訴趣意第一の三)

所論は、要するに、原判決は、被告人大道寺將司、同片岡利明の原判示第五の爆発物の使用と杉山喜久子に対する傷害の所為につき、爆発物取締罰則一条の罪と傷害罪が成立し、両者は観念的競合の関係にあると判示しているが、同罰則一二条は少なくとも傷害罪については法条競合の関係にあることを規定したものと解すべきであるから、杉山喜久子に対する傷害の罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、考えてみるのに、爆発物取締罰則一条の規定は、爆発物の使用がその使用目的いかんによつては国家社会に重大な危害を与える危険性のある点に着目し、いやしくも他に危害を加える目的をもつて爆発物を使用したものに対しては、その治安を妨げると、人の身体財産を害するとを問わずこれを処罰することによつて、人の身体財産のみならず、我が国社会の平和秩序を保護することを目的としたものであり、同罰則一条の目的で爆発物を使用すれば、直ちに同罰則一条の罪が成立し、その目的の達成は右の罪の成否とはなんら関わりがないのであるから、同罰則一条の罪と傷害罪との間には、犯罪構成要件の仕組み、保護法益、罪質、処罰の実質的理由等の点において重要な一般的差異が存するものといわなければならない。したがつて、爆発物取締罰則一条の罪と傷害罪が一個の行為によつて行われる場合があるとしても、その間にいわゆる法条競合の関係があると解するのは相当でなく、両者は、各所定の構成要件を充足することによつて別個独立に成立することを妨げられるものではないというべきである。

そうだとすれば、原判決が、被告人大道寺、同片岡の原判示第五の爆発物の使用と杉山喜久子に対する傷害の所為につき、爆発物取締罰則一条の罪と傷害罪の成立を認め、両者は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるとして同罰則一二条により一罪として同罰則一条の罪の刑で処断することとする旨判示したのは正当であるから、原判決に所論のような法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

(四)「間組本社ビル九階事件について被告人大道寺將司に殺人未遂の故意の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある」(控訴趣意第一の四)

所論は、要するに、原判決が、判示第九の一の事実(間組本社九階爆破事件)につき、被告人大道寺將司に殺意があつたと認定したのは事実を誤認したものである、というのであつて、その論拠として、<1>爆発時刻を従業員の退社後である午後八時としたこと、<2>予告電話を爆発の二〇分前にかけていること、<3>爆弾の爆薬の量を少なくしたこと、<4>当初、間組の重役テロを検討したが、その家族等を巻きぞえにするおそれがあるとしてこれを中止し、企業施設の破壊を目的とする本件爆破に変更したものであること等の諸点を挙げている。

しかしながら、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、原判決が「間組本社九階爆破事件における殺意について」の項で説示するところは、すべて相当として是認することができる。なお、所論にかんがみ、若干、付加説明する。

まず、所論は、爆発時刻を従業員の退社後である午後八時としたことをもつて、殺意がなかつたとする論拠の一つとしているが、原判示のとおり、間組本社ビルは、間口三八・四メートル、奥行き三一・五メートル、鉄骨造りの地上一八階のビルであつて、右ビル内には、間組の社員のみでなく、多数の者が勤務しており、夜間でも警備員あるいは残業の社員がいることは、被告人大道寺らも下見等によつて当然予測していたものと認められ、現に、「狼」「さそり」「大地の牙」の三者会談で爆発時刻を午後一二時とする当初の案が午後八時に変更されたのは、仕掛けと爆発の間にあまり時間があると発見されるおそれがあるということによるものであつた点を考えあわせると、被告人大道寺らは建物内で残業している者あるいは夜間の巡視者等のいることを認識予見していたものといつてよい。もともと、爆弾は人を殺傷する機能をもつたものであるから、爆弾を前記聞組本社ビル内の九階電算部パンチテレツクス室に仕掛けて爆発させることは、常に死傷者の発生を随伴するものともいえるのであつて、同被告人らにおいて人の死傷の結果発生を回避するための特段の措置を講じた場合でないかぎり、その死傷の結果を当然認容していたものと認めざるをえないのである。この点について、被告人黒川は、検察官に対し「午後八時といえば、それほど遅い時刻でもないので、ビル内には相当数の人がいると考えたが、間組の社員であれば爆破に巻き込まれ、最悪の場合死ぬようなことがあつてもやむをえないと考えていた」旨供述しているが(被告人黒川の昭和五〇年六月二二日付検察官調書参照)、本件間組本社ビル九階・六階等爆破の評議に加わつた被告人大道寺についても、原判決の説示するとおり、同様の考えをもつていたものと推認しても、かくべつ不合理であるとは考えられない。

次に、予告電話の件についてみると、関係証拠よれば、被告人大道寺らの「狼」グループと「さそり」及び「大地の牙」との三者の間において、予告電話を間組の管理室にかけることは、録音されたり、逆探知されるおそれがあるというのでやめることにし、間組本社ビルの管理とは全く関係のない地下の喫茶店におけることにしたこと、その予告電話の内容も、具体的な仕掛け地点、爆発時刻、爆弾の形状など重要な点については通告していないことなどの事実が認められ、二〇分間で予告電話の相手方が適切に対処することは到底不可能であることを考えあわせると、右被告人らは、予告電話によつて間組本社ビル内に現在する不特定の人を確実に退避させて被害が及ぶことを回避できると考えていたものとは認められない。

また、爆弾の爆薬の量の点についてみても、本件爆弾は、原判示のように、容量約二・五リツトルの明治粉ミルクの空缶に塩素酸ナトリウム約五〇パーセント、黄血塩と砂糖各約二五パーセントの割合で混合した爆薬約二・八キログラム及び塩素酸カリウム約五〇パーセント、黄血塩と砂糖各約二五パーセントの割合で混合した爆薬約二〇〇グラムの総計約三キログラムの爆薬を詰め、これに手製雷管を装着した手製爆弾(缶体の外囲をパテで固めるなどして威力を増すように工作を施したもの)であつて、その爆発の結果からも明らかなように(約一六三平方メートルのパンチテレツクス室内の天井は全部破損して落下し、室内の什器、備品類もことごとく破損、倒壊あるいは横転、飛散している。)、威力の強大なものであつたこと、被告人大道寺らにおいて、絶対に人を殺傷しない程度の安全な爆薬の量を決定したうえで本件の爆弾を製造した形跡もないこと等の事情に照らすと、所論の爆薬の量の点は、本件殺意を否定する論拠とはなりえないものといわなければならない。

なお、本件間組本社九階爆破の計画を決定する過程に所論のような計画変更の事実があつたからといつて、既に述べたような本件爆弾を仕掛けた状況等に照らし、右爆破事件について被告人大道寺の殺意を認定する妨げになるものとは考えられない。

以上のとおりであるから、被告人大道寺に本件につき殺意があつたと認めた原判決に所論のような誤りは存しない。結局、論旨は理由がない。

(五)「間組江戸川作業所爆破事件における殺意の不存在について」(控訴趣意第一の五)

所論は、要するに、原判決が判示第一一の事実(間組江戸川作業所爆破事件)につき、被告人黒川芳正に殺意があつたと認定したのは事実を誤認したものであるというのであつて、その理由として、本件行為の目的と態様、犯行に至る経緯と実行過程、爆発物の威力と被害の客観的状況、被告人黒川の各供述調書と公判廷供述の信用性の問題等を総合的に考察すると、被告人黒川に本件行為時に人が現在しているとの表象、認識はなく、結果発生についての予見可能性は存しなかつたこと、かりに人が現在している可能性の認識があつたとしても、その人を殺すに至る結果の発生まで予見しえなかつたと解されることを挙げている。

そこで、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、原判決が「間組江戸川作業所爆破事件における殺意について」の項で説示するところは、相当として是認することができる。以下、所論の指摘する事項について若干の説明を加えることとする。

所論は、本件行為の目的と態様について、間組江戸川作業所爆破の目的は、間組の過去における悪業の責任を問い、現在のやり方に反省を求めるとともにこれら悪業に対し警告をするため、企業の物的施設、設備を破壊することにあつたから、現場の下見調査等も右の観点から集中的に行われ、使用する爆弾の爆薬にも建物を壊すだけの威力があれば足ることもあつて、黄血塩を用いていないこと、仕掛ける場所については、本件作業所の床下に仕掛けることに被告人黒川、桐島聰、宇賀神寿一の三人の間で話し合つて決めたが、具体的な仕掛け場所は実行者の桐島に一任されていたから、本件現場の客観的状況からみて、実行者の判断で爆弾が事務室の床下に仕掛けられたならば、宿直室内部まで破壊され本件被害者が損傷を受けるということはありえなかつたことなどを主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、本件間組江戸川作業所爆破事件は、被告人黒川らの東アジア反日武装戦線「さそり」グループが、爆弾による反日武装闘争の一環として海外に進出している建設企業である間組に対する爆破攻撃を目的として敢行した犯行であつて、被告人黒川を主謀者として、あらかじめ数回にわたつて現場の下見調査を行い、検討、協議を重ねて綿密な計画をたて、手製爆破の製造など周到な準備を整えたうえ、被告人黒川の指示のもとに、爆弾の運搬、仕掛け等の役割を分担して実行したものであること、本件爆弾は、容量一・八リツトルのボイル油缶を缶体とし、これにデゾレートと砂糖の混合爆薬約二キログラムを入れ、「狼」グループから供与を受けた手製雷管を起爆装置とし、被告人黒川らにおいて爆発の威力を強めるため缶体の全面をコンクリートで固めて補強したものであること、本件爆弾の爆発によつて間組江戸川作業所の南西側に位置する当直室(和室六畳間)はその床から天井、屋根に至るまで原形をとどめないほど完全に破壊され、この当直室で就寝中の被害者今井洋が瀕死の重傷を負うなど重大な結果が発生した状況などからみても明らかなように、その威力は強大なものであつたこと、被告人黒川は日雇人夫として建設現場等で働いた経験から、現場の事務所には宿直者がいることを知つていたばかりでなく、本件の現場事務所にも、下見をした際、夜九時ころまで人がいるのを見ていたので、宿直者のいる可能性があると考えていたこと、本件爆破の一週間くらい前の謀議の際、予告電話をかけるべきかどうかについて、被告人黒川は、一般の日雇労働者は夕方には帰るから、夜間事務所にいるのは現場の監督的立場にある者であるが、このような者は会社の日雇労働者の搾取に手を貸す者であるから、爆破に巻きこまれても仕方がない旨の意見を述べ、宇賀神寿一、桐島聰の了解をえて、予告電話をかけないことにしたものであること、本件爆弾の仕掛けを担当したのは桐島聰であるが、その仕掛け場所は同人に一任されていたものではなく、被告人黒川が、下見の結果、事務所の建物の床下が一五センチメートルくらいあいていたのを認めて床下に仕掛けるのが適当であると考え、右桐島に指示したものであること、などの事実が認められ、これらの事実を総合すれば、原判決の「本件間組江戸川作業所爆破事件において、被告人黒川には判示認定のような殺意があつたものと認められる」旨の説示は相当として是認することができる。したがつて、この点に関する所論は採用できない(なお、被告人黒川の検察官調書中には、一部供述の変遷している部分の存することは所論指摘のとおりであるが、他方、「さそり」グループの活動状況、協議の模様など捜査官にとつて全く知りえない事項についての供述等も含まれており、取調官の誘導等による事実に反する供述であるとの疑いはないから、十分信用できるものといつてよい。これと異なる同被告人の公判廷の供述は関係証拠と対比し措信できない。)。

もつとも、原判決は、本件爆弾の爆薬について、「除草剤デゾレート約五〇パーセント・黄血塩と砂糖各約二五パーセントの割合で混合した爆薬」と認定判示しているが、関係証拠によれば、本件爆弾の爆薬の組成分と配合比はデゾレート三に対し砂糖二の割合による混合爆薬であることが認められるから、原判決に本件爆弾の爆薬の成分に関する事実誤認が存することは所論の指摘するとおりである。しかしながら、本件爆弾の爆薬の組成分と配分比の認定に所論のような誤りがあつても、「爆発物」にあたる爆弾であることには変りがないから、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえないし、本件爆弾の威力は爆発によつて現実に生じた現場の損壊状況などからみても明らかなように強大なものであつたのであるから、右の誤りは、本件爆破事件について被告人黒川の殺意を認める妨げになるものとも考えられない。結局、論旨は理由がない。

2「原判決には憲法の解釈、法令適用の誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の一、二)

(一)「死刑制度は憲法一三条、三一条、三六条に違反する」(控訴趣意第二の一)

所論は、要するに、死刑制度は憲法一三条、三一条、三六条又は憲法の精神に違反するのに、原判決がこれを合憲としたうえ、被告人大道寺將司、同片岡利明に対し死刑の言渡しをしたのは、右各条の解釈を誤つたものであり、原判決には法令適用の誤りがあるというのであつて、その論拠として、<1>死刑は残虐な刑罰であるから憲法三六条により禁止されていること、<2>死刑制度は国家目的のため国民の生命を犠牲にするものであるから、憲法の精神に反し、また、「公共の福祉」の「公共」の中には犯罪者も含まれているので、犯罪者を死刑にすることは公共の福祉にも合致しないから憲法に違反すること、<3>死刑には必ずしも一般予防の効果がなく、応報を刑罰の根拠とする考えは近代民主主義国家における刑罰についての基本的考えから清算されつつあり、むしろ、教育刑ないし社会的予防の見地からは、犯罪者を社会から隔離すれば足り、死刑をもつて臨む理由がないこと、<4>裁判における認定は、証拠によつて認定される事実にすぎず、真実とは必ずしも一致するものではないから、絶対刑ともいうべき死刑を科すべきではないこと、<5>世界の趨勢からみても、死刑制度は漸次廃止の方向に向いつつあること等の諸点を挙げている。

しかしながら、刑罰としての死刑そのものが憲法三六条にいわゆる残虐な刑罰に該当するものでないことは、最高裁判所の判例(昭和二三年三月一二日大法廷判決・刑集二巻三号一九一頁、昭和三〇年四月六日大法廷判決。刑集九巻四号六六三頁)とするところであり、特に、昭和二三年三月一二日の最高裁判所大法廷判決は、死刑は、尊厳な人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去るものであるが故に、刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、また、まことにやむをえざるに出ずる窮極の刑罰であることを認めつつ、憲法一三条は、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定すると同時に、公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生命に対する国民の権利といえども立法上制限ないし剥奪されることを当然に予想しているものというべきであり、更に、憲法三一条によれば、国民個人の生命の尊重といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せられることが明らかに定められていることを根拠として、「憲法は現代多数の文化国家におけると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑の執行によつて特殊な社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会を防衛せんとしたものであり、また、個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会の公共の福祉のために死刑制度の存続の必要性を承認したものと解せちれるのである。」と判示しているのである。そして、右大法廷判例を踏襲した昭和二四年八月一八日最高裁判所第一小法廷判決(刑集三巻九号一四七八頁)は、弁護人が「刑の目的は痛苦の裡に反省の念を起さしめ、之によつて犯したる罪を悔い改め、本然の姿に帰らしむるのが目的である。・・・・罪あり、死に当る、既に絞首台上の露と消ゆ、何を以つてか改過遷善の途を講ずるの余地あらんや。」として、死刑の適用は違憲であると主張するのに対し「所論のごとく自由刑の目的の一つに過ぎない個人に対する痛苦、個人の改過遷善等のみをもつて他の種の一切の刑罰の目的効果を推量することも許すべきではない。」とし、更に、「その科すべき刑罰の質量は、その科せらるべき人為である犯罪の質量に応ずべき相対的のものであることを当然とし」「他人の生命を尊重せずして故意にこれを侵害した者は、その自己の行為につき、自己の生命をも失うべき刑罰に処せられる責任を負担するものといわざるを得ない。」と判示して弁護人の主張を排斥しており、また、昭和二七年一月二三日最高裁判所大法廷判決(刑集六巻一号一〇四頁)は、「殺人は尊厳な個人の生命を奪うものであつて社会的人間生活の安全を根底から破壊する憎むべき反社会的行為である。今日の時代と環境とにおいて、殺人罪に対し社会の秩序と公共の福祉を護るために刑罰として死刑を科する場合のあることは、必要であり是認さるべきであると言わなければならない。」と判示し、その後も最高裁判所は累次の判決において死刑が憲法三六条に違反しないことを宣明しており(例えば、昭和二八年一一月一九日第一小法廷判決・刑集七巻一一号二二二七頁、昭和三〇年四月六日大法廷判決・刑集九巻四号六七五頁、昭和三三年四月一〇日第一小法廷判決・刑集一二巻五号八四〇頁、昭和三六年七月一九日大法廷判決・刑集一五巻七号一一一二頁、昭和五二年四月二六日第三小法廷判決・裁判集刑事二〇三号六一三頁など多数がある。)、この点は判例として確立しているところといつてよい。

右に述べたような最高裁判所の判例によつて確立された我が憲法の解釈については、所論の指摘する死刑制度に関する国内及び国際的な論議・思潮の推移等を勘案してみても、今日これと異なる見解をとらなければならない特段の事由を見いだすことはできないから、結局、所論は採用することができない。

したがつて、被告人大道寺將司、同片岡利明に対し死刑の言渡しをした原判決に所論のような憲法の解釈ないし法令適用の誤りは存しないから、諭旨は理由がない。

(二)「爆発物取締罰則(以下、本罰則という。)の適用について」(控訴趣意第二の二の(一)ないし(五))

(1) 本罰則の形式的無効論(控訴趣意第二の二の(一)(二))

所論は、要するに、本罰則は昭和二二年法律七二号一条によつて昭和二二年一二月三一日限り無効であるから、原判決が被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正らの原判示所為につき本罰則を適用したのは誤りである、というのである。

しかしながら、本罰則は、旧憲法七六条一項により、憲法に矛盾しない現行の法令であつて遵由の効力を有するものと認められており、明治四一年法律二九号及び大正七年法律三四号という旧憲法上の法律の形式をもつて改正手続が行われているのであるから、現行憲法施行の時点で「法律」と同一の効力を有するものであつたことは明らかである。所論指摘の昭和二二年法律七二号の一条は「命令」の効力を規定したものであつて、本罰則について適用の余地はないから、これと異なる見解を前提として本罰則の無効をいう所論は到底採用することができない。なお、本罰則が現行憲法下において法律の効力を有することは最高裁判所の判例(昭和三四年七月三日第二小法廷判決・刑集一三巻七号一〇七五頁参照)の判示するとおりである。

結局、この点に関する論旨は理由がない。

(2) 本罰則の実質的無効論(控訴趣意第二の二の(一)(三))

所論は、要するに、本罰則は、その構成要件が不明確で、とりわけ「治安を妨げる目的」という概念は漠然としているから憲法三一条に違反し、また、合理的根拠なしに苛酷な刑を定め、あるいは本罰則三条以下の各規定が近代刑法の基本原理と全く相反しているなど、憲法の保障する自由と人権を不当に侵害するものであるから、憲法一一条、一二条、一三条、一九条、二一条、三一条等に違反して無効であるのに、原判決が被告人らの原判示所為につき本罰則を適用したのは誤りである、というのである。

しかしながら、本罰則にいう「治安を妨げ」るとは、公共の安全と秩序を害することをいうのであつて、その意味内容が不明確であるとはいえず、本罰則は、その所定の目的をもつて爆弾を使用するなどした行為を罰するのであつて、その行為者の思想、信条等を理由に処罰するものではないし、爆発物の有する強大な破壊力及びそれによる公共の安全秩序、人の生命身体財産に対する侵害の危険性が大きいことを考えれば、合理的根拠なしに苛酷な刑を定めているものとはいえない。また、本罰則三条以下の各規定も同様の理由に基づくもので、立法政策の問題にすぎないから、本罰則が所論の憲法各条に違反するものでないことは明らかである(昭和四七年三月九日最高裁第一小法廷判決・刑集二六巻二号一五一頁、昭和五三年六月二〇日最高裁第三小法廷判決・刑集三二巻四号六七〇頁参照)。

なお、所論は、原判決が本罰則一条及び四条のみを判断の対象としたのは不当であるというが、被告人らの原判示所為につき適用されたのは本罰則一条及び四条であるから、具体的な審判の対象から離れてその他の規定の効力についてまで論ずることは、現行司法制度のもとにおいて容認しうるものではない(昭和二七年一〇月八日最高裁大法廷判決・民集六巻九号七八三頁参照)。したがつて、この点に関する所論も採用することができない。

結局、論旨は理由がない。

(3) 本件各行為における本罰則一条の目的の不存在(控訴趣意第二の二の(四))

所論は、要するに、原判決は、被告人大道寺將司、同片岡利明の判示第一ないし第四の事実(興亜観音・七士之碑爆破事件、総持寺納骨堂爆破事件、北大文学部北方文化研究施設・風雪の群像各爆破事件、荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀事件)及び被告人黒川芳正の判示第一二の事実(京成江戸川橋工事現場爆破事件)について、被告人らは、「治安を妨げる目的」をもつて爆発物を使用し、あるいは使用することを共謀した旨認定し、また、被告人大道寺將司、同片岡利明の判示第五、第七の事実(三菱重工爆破事件、大成建設爆破事件)及び被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正の判示第九の一、二、第一一の事実(間組本社九階・六階各爆破事件、間組江戸川作業所爆破事件)について、被告人らは、「人の身体を害する目的」をもつて爆発物を使用した旨認定したが、被告人らには本罰則一条の「治安を妨げる目的」ないし「人の身体を害する目的」についての確定的認識が存在しなかつたのであるから、原判決が右の目的があつたと認定したのは、事実誤認ないし法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討してみるのに、関係証拠によれば、原判示第一の興亜観音・七士之碑爆破事件の興亜観音像等については、日本帝国主義の中国その他アジア諸国に対する軍事的侵略の歴史を象徴するものとして、原判示第二の総持寺納骨堂爆破事件の納骨堂については、民間人を含めた日本帝国主義の朝鮮侵略の歴史を象徴するものとして、原判示第三の北大文学部北方文化研究施設・風雪の群像各爆破事件の北方文化研究施設についてはアイヌ文化遺産の略奪を、また、風雪の群像については和人のアイヌ同和政策をそれぞれ象徴するものとして、いずれも、被告人らのいわゆる「反日思想」に基づく武装闘争の爆破対象に選定したものであること、原判示第四の荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀事件における天皇暗殺計画は、新旧帝国主義の頂点にあつて、過去における侵略戦争の最高責任者であり、現在及び將来も侵略イデオロギーの支柱となるべき天皇を日本人の側から裁こうとしたものであること、原判示第一二の京成江戸川橋工事現場爆破事件については、同所での爆破は、日本帝国主義の侵略を物質的に支え推進した企業である間組を爆破対象として間組江戸川作業所と同時爆破を企てた際の爆弾が不発に終つたことから、再度新たな爆弾を仕掛けて両爆弾を爆発させたものであること、などの事実が認められ、これに、原判決の説示するような各爆破事件に用いられた爆弾の威力、使用の態様、仕掛け場所、声明文ないし通告文等により被告人らの爆弾闘争の意図を明らかにしていること、及び本件爆弾闘争の目的、方法について、捜査段階で、被告人片岡は、「政治的、社会的に動揺を起こさせていく」「連続的にやらねば社会的に効果がうすい」旨供述し(同被告人の昭和五〇年六月四日付、同年五月二八日付検察官調書参照)、被告人黒川も、「企業に恐怖を与え、その従業員にその誤りを悟らせるためのものであつたこと、その目的が革命機運の醸成にあつたこと、三グループとも同じ意図であつたこと」「あまり間隔をおかずに連続してやつた方が政治的な意味があると考えたこと」「間組江戸川作業所を攻撃した際は、東京以外でやれば、同調部隊が各地にいることを示すことになるという大道寺將司の話がヒントになつた」旨述べていること(同被告人の昭和五〇年七月八日付〔乙三の24〕、同年六月一二日付、同月一四日付検察官調書参照)などをあわせ考えると、被告人らが「反日思想」に基づく爆弾闘争の一環として都市ゲリラ闘争を展開し、爆弾によつて日本帝国主義の象徴となるものを破壊し、新旧帝国主義者の頂点にあるものとして天皇を暗殺しようとし、あるいは、海外進出企業を攻撃して政治的、社会的不安を生じさせ、国民に動揺、恐怖、衝撃を与えようと意図していたことは明らかであるから、被告人らが本件爆弾を使用ないしその共謀をするにあたり、治安すなわち公共の安全と秩序を害する結果の発生することを認識し、かつ、これを認容していたものといわなければならない。したがつて、被告人らに本罰則一条の「治安を妨げる目的」があつたと認定した原判決に所論のような誤りは存しない。

また、原判示第五、第七、第九の一、二及び第一一の事実(三菱重工爆破事件、大成建設爆破事件、間組本社九階・六階爆破事件、間組江戸川作業所爆破事件)についても、原判決の説示するような、被告人らの爆弾闘争についての考え方、本件爆弾の威力及びこれを仕掛けた現場の状況等に徴すると、被告人らが本件爆弾を使用するにあたり、爆発地点及びその周辺に居合わせた不特定の人に爆発による被害が発生することを認識し、かつ、これを認容していたものと認められるので、本罰則一条の「人の身体を害する目的」に関する原判決の認定に所論のような誤りは存しない。

なお、所論は、かりに、前記爆破事件において爆弾の仕掛けを担当した者に未必的殺意が認められるとしても、実行行為を分担しなかつた被告人については、「人の身体を害する目的」に関する確定的認識が存在しないことは明らかであるから、本罰則一条の目的を認めることはできない、と主張する。

しかしながら、本罰則一条の「人の身体を害する目的」があるというためには、爆発物の使用にあたり、爆発物の爆発により他人の身体が害される結果の発生することを確定的に認識するまでの必要はなく、右の結果の発生することを未必的に認識し、かつ、これを認容していれば足りると解するのが相当である(昭和五六年七月二七日東京高裁判決・高刑集三四巻三号三三一頁参照)から、所論はその前提において失当であり、採用することができない。

結局、論旨は理由がない。

(4) 本件各行為における本罰則一条の共謀共同正犯の認定の誤り(控訴趣意第二の二の(五))

所論は、要するに、原判決が、被告人大道寺將司、同片岡利明は大成建設、間組本社六階と同社大宮工場、韓国産業経済研究所(以下、「韓産研」という。)、オリエンタルメタル株式会社(以下、「オリエンタルメタル」という。)、間組江戸川作業所の各爆破事件について、また、被告人黒川芳正は間組本社九階と同社大宮工場、韓産研、オリエンタルメタルの各爆破事件について、いずれも本罰則一条の共謀共同正犯の責任を免れないとしたのは誤りであるというのであり、その論拠として、いわゆる三者会談は三グループの連係を保つために開かれたもので、右会談では、攻撃対象の選定、具体的実行内容等の犯行の重要な部分についての謀議が成立していないのであるから、実行したグループ以外のグループの構成員については自己の犯罪意思を実行することを内容とする謀議まで遂げたとは解しえないことを挙げている。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、以下各事件について検討することとする。

(ア)大成建設爆破事件について

記録によれば、原判決は、大成建設爆破事件の共謀の点について「被告人大道寺は、昭和四九年一二月初めころ、東京都新宿区内の喫茶店で『東アジア反日武装戦線大地の牙』所属の浴田由紀子から、同人及び斉藤和において、大成建設株式会社が、戦前は大倉財閥として日本帝国主義の植民地支配の一翼を担い、戦後も、韓国やインドネシアに対する企業侵略を行なつているとして、同社の本社を爆弾攻撃する計画である旨告げられるとともに、右攻撃に使用する起爆装置として雷管一個の交付方を依頼されたため、そのころ『狼』グループの被告人片岡、大道寺あや子、佐々木規夫らとともに、右『大地の牙』の計画と依頼につき協議し、検討した結果、『狼』の全員がこれに賛成して、被告人片岡らにおいて用意した雷管一個を、同年一二月四日ころ被告人大道寺が右浴田由紀子に手渡し、ここに、被告人大道寺、同片岡は、『狼』所属の大道寺あや子、佐々木並びに『大地の牙』所属の浴田及び斉藤と、治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもつて、右大成建設株式会社の本社に爆弾を仕掛けて爆発物を使用する共謀を遂げ」と判示しているが、右共謀の成立に至るまでの経過については、関係証拠により、そのとおり肯認することができる(特に、被告人大道寺の昭和五〇年六月一二日付〔乙一の15〕検察官調書、被告人片岡の昭和五〇年六月二〇日付〔乙二の27〕検察官調書参照)。

右の経過にかんがみれば、本件大成建設爆破事件は、被告人大道寺、同片岡らの「狼」グループのメンバーと斉藤和らの「大地の牙」グループのメンバーとが「東アジア反日武装戦線」に結集し、いわゆる「反日思想」に基づく武装闘争の一環として海外進出企業に対して爆弾闘争を行つたものであり、同被告人らにつき、大成建設株式会社の爆破という共通の目的のもとに一体となり、互に他の者の行為を利用して自己の犯意を実行に移すことを内容とする謀議が成立したものと認められることは明らかである。現に、大道寺あや子も大成建設の爆破について、検察官に対し「私達東アジア反日武装戦線の一員である狼にとつても、この大成建設に対する爆弾攻撃は、一連の爆破攻撃の一環としてなされるもので自分達の闘争の一部であると考えていた」旨供述していること(同人の昭和五〇年六月二〇日付検察官調書謄本三項)は、この間の事情を言い表わしているものといつてよい(なお、斉藤和が公表した声明文に「東アジア反日武装戦線の一翼を担い、わが大地の牙は、本日、大成建設を筆頭とする旧大倉財閥系企業の本拠地を爆破攻撃した」とある点を参照)。

もつとも、本件爆弾を仕掛ける場所が浴田ら「大地の牙」グループの一存で、大成建設本社内部から同社一階駐車場前に変更されたことは、所論の指摘するとおりであるが、右の事実は、共犯者の間で大成建設本社を爆破することについての意思の合致に欠けるところのない本件においては、被告人大道寺、同片岡の本罰則一条の共謀共同正犯を認定する妨げになるものとは考えられない。

(イ)間組本社九階、同本社六階、同社大宮工場各爆破事件について

記録によれば、原判決は、間組本社九階、同本社六階、同社大宮工場各爆破事件の共謀の点について、「被告人大道寺、同黒川、斉藤和の三名は、昭和五〇年一月末ころ、東京都内の喫茶店で『東アジア反日武装戦線』の『狼』・『さそり』・『大地の牙』の三者会談を開き、その席上、被告人黒川から間組に対する爆弾攻撃が提案され、同年二月三日ころ同都新宿区内の喫茶店『アマンド』で開かれた前記三名の出席した三者会談において、間組が戦時中の木曽谷のダム工事にみられるように、朝鮮人や中国人捕虜を強制連行して酷使し、多数の死者を出し、現在でもマレーシアのテメンゴールダム建設では、現地の反動政権に協力し革命勢力に敵対しているとして、これを攻撃対象にすべき旨の被告人黒川の提案を、全員の賛成で採択するとともに、右間組に対する攻撃を『狼』・『さそり』・『大地の牙』の三グループの共同作戦として実行すること、直ちに各グループはそれぞれ攻撃目標を選定し準備にかかること等を決定し、そのころ、右出席者から右決定内容を各グループの所属員に告げて全員の賛成を得、各グループは各別に下見などの調査を重ねたうえ、同月二一日ころ同都内の喫茶店において、前記被告人大道寺、同黒川、斉藤の三名は、三者会談を開き、『狼』が『ハザマビルヂング』(以下、間組本社ビルと略称する。)の九階を、『さそり』が同六階を、『大地の牙』が間組の大宮工場をそれぞれ同時に爆弾攻撃をすることを決め、さらに、同月二五日同都内の喫茶店において、決行日は同月二八日、爆発時刻は午後八時とすることなどを決め、その都度出席者から右決定内容を各グループの所属員に告げて全員の賛成を得、ここに、被告人大道寺、同片岡、同黒川は、大道寺あや子、佐々木規夫、桐島聰、宇賀神寿一、浴田由紀子、斉藤と、間組本社ビル九階、同六階については、治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもつて、間組大宮工場については、治安を妨げ、かつ、人の財産を害する目的をもつて、右三か所にそれぞれ爆弾を仕掛けて爆発物を使用する共謀を遂げ」と判示しているが、右共謀の成立に至るまでの経過については、関係証拠により、そのとおり肯認することができる(特に、被告人大道寺の昭和五〇年六月二二日付検察官調書、被告人黒川の同年六月二二日付検察官調書、被告人片岡の同年六月二九日付検察官調書参照)。

右の経過にかんがみれば、いわゆる三者会談において、「さそり」グループの被告人黒川から間組を爆破対象企業とする旨の提案がなされ、「狼」「さそり」「大地の牙」の三グループの共同作戦として実行することが決定され、出席者は右決定内容を各グループの所属員に告げて全員の賛成をえたうえ、更に、分担場所の決定、実行の日取り等の細目が協議され、実行に移されていることが明らかであるから、被告人大道寺、同片岡、同黒川らの本件間組関係三か所爆破についての本罰則一条の共謀が成立したものと認定した原判決に、所論のような誤りは存しない。

もつとも、被告人片岡は、本件間組本社九階、同六階、同社大宮工場各爆破事件について、実行行為の分担をしていないことは所論指摘のとおりであるが、被告人片岡は、昭和五〇年二月一日ころから同月一四日ころの間の数回にわたる被告人大道寺、大道寺あや子、佐々木規夫らとの会合で、被告人大道寺から三者会談の内容の説明を受けてこれに賛成しているばかりでなく、同月一三日ごろには、被告人大道寺から間組関係の爆破に用いる爆弾の起爆装置である雷管三個の製造を依頼されてこれを承諾し、当時居住していたアパート小林荘で三日間ぐらいを費して、雷管三個を製造してこれを同月一七日ころ被告人大道寺に渡しており、更に、同月二二日ころ被告人大道寺から爆破場所とその分担、爆破時刻の連絡を受けていることが関係証拠により認められるから、被告人片岡は、間組関係三か所の爆破についての共謀共同正犯としての責任を免れることはできないものといわなければならない。

(ウ)韓産研、オリエンタルメタル各爆破事件について

記録によれば、原判決は、韓産研、オリエンタルメタル各爆破事件の共謀の点について、「被告人大道寺、同黒川、斉藤和は、東京都内の喫茶店で昭和五〇年三月一一日と同月二五日の二回にわたり三者会談を開いたが、その席上、右斉藤から、『大地の牙』では、オリエンタルメタル株式会社社長を団長とする工業団地視察団の韓国派遣を阻止するために、次に行なう企業爆破の対象として右オリエンタルメタル株式会社を選び、同年四月下旬とされている右視察団派遣の前に決行する計画である旨の説明があり、被告人大道寺に対して、右爆破攻撃に使用する爆弾の起爆装置たる雷管の用意方依頼があり、さらに、同年四月一日同都内の喫茶店で開かれた三者会談において、右斉藤から、韓国産業経済研究所が、右韓国の視察団派遣の仲介をしているほか、日本企業の韓国・台湾・マレーシア等への進出の仲介役をしているとして、これをオリエンタルメタル株式会社と同時に爆破すべき旨の説明があつたため、右爆破計画の説明を受け、雷管の用意方を依頼された被告人大道寺は、右三者会談の都度『狼』グループ所属の被告人片岡、大道寺あや子、佐々木に対して、右『大地の牙』の爆破計画を説明したところ、韓国への視察団派遣は、同国への経済侵略につながるとの見地から、全員がこれに賛成し、前記雷管を用意することとなり、同月八日同都内の喫茶店で開かれた三者会談の席上で、被告人大道寺は、『狼』グループは全員右爆破計画に賛成である旨告げるとともに、雷管二個を斉藤に手渡し、被告人黒川は、斉藤から説明を聞いた右『大地の牙』の爆破計画をみずから調査し、検討した末、右計画の意義を認めて、前記四月八日の三者会談で賛成し、斉藤は浴田由紀子の賛同を得、ここに、被告人大道寺、同片岡、同黒川は、斉藤、浴田、大道寺あや子、佐々木と、治安を妨げ、かつ、人の財産を害する目的をもつて、右オリエンタルメタル株式会社及び韓国産業経済研究所をそれぞれ爆破するため爆発物を使用する共謀を遂げ」と判示しているが、右共謀の成立するに至るまでの経過については、関係証拠により、そのとおり肯認することができる(被告人大道寺の昭和五〇年六月二日付、同月二九日付検察官調書、被告人黒川の昭和五〇年六月四日付及び同月二九日付検察官調書参照)。特に、被告人大道寺は、オリエンタルメタルの爆破計画について昭和五〇年三月二七日ころ佐々本規夫方で同人や被告人片岡に伝え、また、韓産研の爆破計画についても、同年四月二日ころ被告人片岡に電話で連絡し、更に、同月五日ころ佐々木方で被告人片岡、佐々木規夫と雷管の管体を作つた時にも、右の二つの爆破計画を被告人片岡に話していること、及び同年四年一五日ころ都内の喫茶店で開かれた三者会談では、斉藤和がオリエンタルメタルと韓産研を四月一九日の午前一時に爆破する旨を話して被告人大道寺、同黒川から最終確認を得ていることなどの事実も証拠上認められる(なお、被告人片岡の昭和五〇年六月四日付検察官調書は被告人大道寺の同年六月二日付、同月二九日付検察官調書と対比し、措信できない)。

以上の経過にかんがみれば、本件韓産研、オリエンタルメタル各爆破事件は、いわゆる三者会談で提案され、会談に出席した各グループの代表者から、その都度、それぞれの構成員に告げられ、その全員の賛同を得て、次の三者会談で決定されて実行に移されたものであることが明らかであるから、被告人大道寺、同黒川、同片岡らの本件韓産研、オリエンタルメタル各爆破についての本罰則一条の共謀が成立したものと認定した原判決に所論のような誤りは存しない。

(エ)間組江戸川作業所爆破事件について

関係証拠によつて認められる本件爆破事件の実行に至るまでの経過をみると、昭和五〇年三月二五日ころの東京都内の喫茶店における被告人大道寺、同黒川及び斉藤和による三者会談で、被告人黒川から、「さそり」としては間組が工事をしている京成電鉄の江戸川鉄橋を爆破したい旨の提案がなされたが、被告人大道寺から鉄橋を爆破するには爆弾の爆発力が不足である旨反対されたため、間組の江戸川作業所と間組の京成電鉄江戸川橋工事現場の建設機械とを爆破することに計画が変更され、被告人大道寺及び斉藤の賛成を得たこと、その後同年四月一日ころの同都内の喫茶店における前記三名による三者会談の席上で、被告人黒川は、被告人大道寺に対し右間組江戸川作業所ほか一か所の爆破のための爆弾に用いる雷管二個の供与方を申し入れ、被告人大道寺は、右会談の都度、その内容を「狼」グループの被告人片岡、大道寺あや子、佐々木規夫に伝え、全員の賛成を得たので、右雷管を用意することとなり、同月五日ころと六日ころに佐々木方で被告人大道寺、同片岡、大道寺あや子及び佐々木規夫が協力して前記爆破に用いる爆弾の起爆装置である雷管二個を製造したうえ、同年四月八日ころの三者会談において、被告人大道寺がこれを被告人黒川に供与し、その席上、被告人黒川は右爆破の決行日を同月二七日とすることを提案して全員の賛成を得たことが明らかであるから、以上の経過にかんがみれば、被告人大道寺、同黒川、同片岡の間組江戸川作業所爆破についての本罰則一条の共謀が成立したものと認定した原判決に所論のような誤りは存しない。

特に、被告人大道寺は、前記三月二五日ころの三者会談で、爆破対象について、鉄橋爆破の困難性を指摘し、計画変更を提言しているばかりでなく、四月八日ころの三者会談でも、爆破時期について四月二〇日とする被告人黒川の計画について「韓産研の直後ではあまり意味がない、間隔をあけた方が政治的効果がある」旨の意見を述べており、被告人黒川において被告人大道寺の右意見を受け入れ、爆破対象及び爆破時期を変更していることからもうかがわれるように、被告人大道寺が本件犯行については「さそり」の自由にまかせ、単に、爆破攻撃についての理解者の地位にとどまつていたものとは到底認められないから、この点に関する所論は採用することができない。

以上詳述したとおり、被告人大道寺、同片岡が大成建設、間組本社六階と同社大宮工場、韓産研、オリエンタルメタル、間組江戸川作業所の各爆破事件(原判示第七、第九ないし第一一の事実)について、被告人黒川が間組本社九階と同社大宮工場、韓産研、オリエンタルメタルの各爆破事件(原判示第九及び第一〇の事実)について、いずれも本罰則一条の共謀共同正犯の責任を免れないとした原判決に、所論のような誤りは認められないから、結局、論旨は理由がない。

3「原判決には訴訟手続の法令違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第三の一ないし三)

(一)「荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件について、公訴棄却の判決をなさなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある」(控訴趣意第三の一)

所論は、要するに、被告人大道寺將司、同片岡利明に対する荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件についての公訴提起は、適正かつ客観的な考慮に基づかず、恣意的になされたものであり、また、違法な捜査に基づくものであるから、公訴棄却の判決がなさるべきであるのにこれをしなかつた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、原判決が「荒川鉄橋天皇特別列車爆破等事件についての被告人ら・弁護人らの公訴棄却の申立並びにこれに対する当裁判所の判断」の項で説示するところは、すべて相当として是認することができる。すなわち、検察官は、いわゆる三菱重工爆破事件の捜査の過程で、同事件に使用された爆弾に関連して、被告人片岡については昭和五〇年六月二一日に、被告人大道寺については同月二五日にそれぞれ本件荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件についての概略の自白を得て供述調書を作成していたが、当時既に捜査の対象とされ、あるいは逮捕・勾留の事実となつていた一連の企業爆破事件を順次捜査し、その処理を急ぐ必要があつたこと、この段階では、荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件は他の事件と異なつて爆発という結果が発生しておらず、被告人らの単なる考えにすぎないのではないかとの疑いがあつたこと、荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件公表による社会的影響を十分配慮する必要があつたことなどから、同事件の捜査を進めることを一時保留し、同事件の存在を秘したまま同年七月一七日一連の企業爆破事件についての捜査及び起訴を一応終結したこと、その後、右一連の企業爆破事件についての公判準備を進めるとともに、荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件の捜査、処理について検討していたところ、同年九月二〇日朝日新聞に同事件の概要が報道されるに至つたことから、早急に同事件の捜査を遂げて処理する必要に迫られ、同事件の真相を究明するため、同年一〇月三〇日強制捜査にふみ切ることを決定し、翌三一日に被告人大道寺及び同片岡を逮捕して更に取調べを行い、荒川鉄橋及びその付近について被告人片岡の指示を求めるなどして実況見分をし、あるいは、被告人大道寺の自供に基づいて電線八巻を発見して押収するなどの捜査を遂げたうえ本件公訴を提起したものであることが関係証拠により認められるので、右の経過にかんがみれば、本件公訴の提起が刑事政策その他適正かつ客観的な考慮に基づかず、訴追裁量権を逸脱した恣意的なものということはできない。また、三菱重工爆破事件の捜査の過程で得られた被告人大道寺、同片岡らの荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件に関する供述内容は極めて概括的なものであつて、物的な裏付け捜査もなされておらず、同事件について公訴を提起するためには、なお相当な捜査を必要とするものであつたことは記録に照らし明らかであるから、これに本件荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件の性質等を考えあわせると、同事件について被告人大道寺、同片岡を逮捕、勾留して取り調べる必要性も十分に認められ、所論のように逮捕、勾留のむしかえしによる違法捜査であるとの非難はあたらない。更に、検察官が本件荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件について被告人大道寺、同片岡を取り調べるに際し、弁護人を不当に中傷したとの点については、記録を調べても、同被告人らの取調べを担当した検察官において弁護人を中傷する意図や弁護人と被告人との間の信頼関係を破壊する意図を有していたものとは認められず、かえつて、関係証拠(原審証人長山四郎、同松浦恂の各証言参照)によれば、同被告人らの取調べを担当した検察官は、担当被疑者に対し、現段階に至つて強制捜査を開始するに至つた事情として、朝日新聞のスクープ記事により本件が公表された以上、早急に捜査を遂げて決着をつけざるをえなくなつたことなど諸般の事情を告げて説得を重ね、本件についての詳細な供述を得たものであることが明らかであり、したがつて、弁護人に対する不当な中傷が加えられたという点で違法捜査であるとの所論は採用できない。結局論旨は理由がない。

(二)「大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫の検察官に対する各供述調書に証拠能力を認めた原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反がある」(控訴趣意第三の二)

所論は、要するに、大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫の身柄を国外で釈放することは、国が右三名に対する訴追権、刑罰権を放棄したわけであるから、右三名の供述録取書についても証拠としてすべてを放棄したものと解すべきであるのに、右三名の検察官に対する各供述調書の証拠能力につき刑訴法三二一条一項二号前段の要件を認めた原判決には重大な訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、佐々木規夫は、クアラルンプールにおける大使館占拠事件によつて昭和五〇年八月六日に、大道寺あや子及び浴田由紀子は、ダツカにおける日航機ハイジヤツク事件によつて昭和五二年一〇月二日にいずれも国外で釈放されたことが認められるが、国による右三名の釈放は、いわゆる日本赤軍の無法な要求により右各事件の緊急事態の下で、やむなくなされたものであつて、国の側に責めらるべき事由は全く存しないばかりでなく、国が右釈放によつて訴追権、刑罰権を放棄したものと解すべきものでもないから、これと異なる前提にたつて、右三名の検察官調書(謄本)の証拠能力を認めた原判決を論難する所論は到底採用することができない。論旨は理由がない。

(三)「原判決には証拠能力につき任意性の判断を誤つた訴訟手続の法令違反があり判決に影響を及ぼすことが明らかである」(控訴趣意第三の三)

所論は、要するに、原判決が被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正、大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫の検察官に対する各供述調書について任意性を認めたのは、訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、捜査官の被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正、大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫に対する取調状況及び供述調書作成の経緯については、原判決が「大道寺あや子、浴田由紀子、佐々木規夫、被告人大道寺、同片岡、同黒川の検察官に対する各供述調書等が証拠能力を欠くとの弁護人らの主張並びにこれに対する当裁判所の判断」の項の二の2ないし7において詳細に説示するとおりであつて、所論検察官調書が検察官の違法かつ不当な取調べによつて作成されたものでないことは優に肯認することができる。特に、被告人大道寺は、当初身上関係等についてのみ供述し、犯罪事実については黙秘していたが、逮捕(昭和五〇年五月一九日)後、間もない五月二四日から供述しはじめ、同月三一日には被告人片岡、大道寺あや子、佐々木規夫、荒井まり子あてに「五月三一日から供述をはじめた。これは権力に屈服して開始するのではなく、自己の意思によつて自己らの行なつた一連の戦いの意義を明らかにするためである。」旨の書面を作成し、被告人片岡は、逮捕されて三日後である五月二一日に「この事態に関する一部又は全部を明らかにしてこの運動が正しく理解され、正しく継承されることを望みます。」等の記載を含む供述書をみずから作成し、被告人黒川は、取調べ当初は黙秘していたが、間もなく検察官に申し出てみずから申述書を書き始め、逮捕されて六日後である五月二五日には、東アジア反日武装戦線に志願した思想的背景と必然性等、同被告人の一連の行動についての経緯、心境を内容とする長文の申述書を作成し、大道寺あや子も、同年六月三日には自供する心境及びこれまでの経緯等を内容とする供述書をみずから作成し、その後それぞれ犯罪事実について供述するに至つたものであること、浴田由紀子は、当初黙秘していたが、五月二八日ころから「自分は爼上の鯉であり、一切合財罪を負つてもよい」旨を述べるに至り、六月二日から供述するに至つたものであること、また、佐々木規夫も、検察官に対し「責任逃れはしない。自分の判断で時機をみて話す」旨述べていたところ、六月二日から供述するに至つたものであることなどの事実が記録上認められるばかりでなく、所論検察官調書の内容は、いずれも具体的、詳細で、被告人らがみずから作成した図面が添付され、あるいは被告人らの申立により表現方法や用語などについて訂正されている部分も存することなどをあわせ考えると、所論検察官調書について任意性があるとした原判決の判断に所論のような法令違反は認められない。結局論旨は理由がない。

4「量刑不当」との主張について(控訴趣意第四の一ないし四)

所論は、要するに、原判決の被告人大道寺將司、同片岡利明、同黒川芳正に対する量刑は重きに失するというのであるが、論旨の基調をなすものは、被告人らの「本件行為の正当性」についての主張と解せられるので、まず、右の主張に対する原判決の説示について考察したのち、量刑上考慮すべき各被告人の情状を順次検討することとする。

(一)「正当性の主張について」(控訴趣意第四の一)

所論は、原判決が、被告人らの本件行為の正当性についての主張に対し、「その動機ないし目的とするところは、日本の過去における侵略ないし戦争の責任、日本の現在における新植民地主義による経済侵略なるものの責任をそれぞれ追及し、現在の日本国家及び社会を破壊し革命を目指すというものであるところ、法治国家・議会制民主主義を基本とする憲法のもとでは、自己の主義・主張・信条等を具体化するには、合法的な言論・出版・政治等の手段によつて行なうべきものであり、暴力就中爆弾攻撃などの兇悪な手段を用いてその主張を貫徹しようとすることは、まさに憲法秩序に敵対するものであつて、絶対に許されないことは自明であり、被告人、弁護人らの挙げる事由は、本件各行為において、犯罪の成立要件である構成要件該当性、違法性、責任性のいずれをも阻却しないことが明らかである」旨判示しているが、現行法上違法と認定されるものであつても、その思想の核心に現実の情況を把え、鋭い問題の提起として評価されるものがあるとすれば、その実践としての行為は社会的、歴史的評価を受けるべきであつて、少なくとも被告人らの責任ないし情状の面で正当に考慮されねばならない、と主張する。

そこで、考えてみるのに、関係証拠によれば、被告人らがいわゆる爆弾闘争を決意するに至つた経緯については、ほぼ以下のとおり要約することができる。すなわち、被告人大道寺は、昭和四四年四月法政大学文学部史学科に入学したが、当時法政大学はバリケード封鎖が行なわれており、いわゆる全共闘運動の拠点の一つであつた。同被告人もバリケードの中に入つて全共闘運動の一員として活動して行くことになるが、その頃法政大学文学部史学科に入学した被告人片岡は、いわゆる民青系の学生とともに学園封鎖に反対していた。しかし、同被告人は、被告人大道寺と知り合つたことから、全共闘運動に参加するようになつた。そのように被告人片岡の行動を変えたものは、学生の特権的地位を否定する「自己否定」の思想であり、その特権的存在自体がベトナム人民を殺し、沖縄人民を抑圧することに加担しているという痛烈な自覚によるものであつた。ところで、全共闘運動は、昭和四四年一一月の沖縄返還交渉のための佐藤首相訪米阻止闘争を境に、急速に勢いを弱め、角材や火炎びんによる実力闘争が完全装備の警察機動隊の前には無力であることを痛感した闘争参加者の多くは、闘争から離れ、自らが否定しようとした元の学園や社会に戻つて行つた。しかし、被告人大道寺、同片岡らは、単なる反政府闘争ではなく、革命運動が必要であるとの認識のもとに、学校の外にいわゆる研究会を結成し、その研究会は、解体、再組織を通じて昭和四六年一〇月ころには、都市ゲリラグループとして武装闘争を開始することとなつた。同被告人らが実行した武装闘争の根底にある思想は、いわゆる「反日思想」であるが(「腹腹時計」の「はじめに」の項を参照)、その根幹は、歴史的現実から形成されて来た日本人の帝国主義的「あり方」に対する自らの批判による否定、すなわち自己否定であり、かかる自己批判の実践として、植民地人民と共同の立場に立つての日帝本国中枢に対する非妥協的闘争を日本人(被告人らの言う「日帝本国人」)の唯一の緊急任務とするものである。そして、同被告人らは、昭和四六年一二月から爆弾による武装闘争に突き進み、興亜観音七士之碑爆破から始まり、昭和四七年四月には総持寺納骨堂の爆破を、同年一〇月には旭川の風雪の群像と北大文学部北方文化研究施設の爆破を行つたが、これらの爆破闘争は未だ本格的な武装闘争ではなく、象徴主義的な闘争であつた。同被告人らのグループは、昭和四八年夏から秋にかけて、当時その構成員であつた被告人大道寺、同片岡、大道寺あや子らにおいて、そのグループを「東アジア反日武装戦線狼」と呼ぶこととし、また、その思想的背景を明らかにするとともに同調者の参加を求めるため、昭和四九年三月被告人大道寺、同片岡の両名が執筆した「腹腹時計」と題する都市ゲリラ爆弾闘争の教本ともいうべきパンフレツトを出版し、新左翼系書店等へ郵送するなどして頒布した。その後、「狼」グループは、日本の過去における侵略ないし戦争の責任及び現在の新植民地主義による経済侵略等の責任を追及する本格的な武装闘争として、昭和四九年七月に天皇暗殺目的で天皇特別列車荒川鉄橋爆破の準備をし、同年八月から三菱重工をはじめとする海外進出企業とその関連施設を連続的に爆破するに至つた。また、被告人黒川は、昭和四二年四月都立大学人文学部哲学科に入学したが、当時はいわゆる全共闘運動がはなやかなころであり、同年秋の羽田闘争、同四三年初頭の米原子力空母エンタープライズ寄港阻止闘争、王子野戦病院阻止闘争、三里塚闘争と全国いたるところで学生を中心とする部隊と警察機動隊との実力闘争がくり拡げられていた。同被告人も、入学後いくつかの政治闘争に参加し、全共闘運動にかかわつたが(佐藤首相訪米阻止闘争、エンタープライズ寄港阻止闘争、三里塚闘争などに参加して、昭和四二年一〇月公務執行妨害罪で、翌四三年一月一五日公務執行妨害、兇器準備集合罪でそれぞれ逮捕された)、その運動の中で把んだ学生の特権的地位を否定する「自己否定」の思想を更につきつめて考えるとともに、昭和四七年から日雇労働者としての生活の中で建設資本に関する文献、資料を研究し、戦前戦後を通じて一貫した建設資本の植民地人民に対する搾取収奪の実態を知り、自己の植民地人民に対する支配性を否定し、労働者の中にある民族的差別を否定することによつて日本人総体のあり方を思想的に否定していこうと決意した。そして、昭和四八年秋ころ、同じく日雇労働に従事していた佐々木規夫と知り合い、同人との接触を通じて「腹腹時計」を入手し、昭和四九年七月から右佐々木の勧誘により被告人大道寺と接触するようになり、同年九月末に至り、被告人大道寺から三菱重工爆破は「狼」の犯行であることを打ち明けられて、東アジア反日武装戦線への参加を決意し、同年一一月宇賀神寿一(昭和四八年の山谷越年闘争以来の知り合い)及び桐島聰(昭和四九年七月宇賀神を通じて知り合つたもの)と相謀つて鹿島建設爆破を企図し、同年一二月二三日鹿島建設爆破事件の実行に際して「東アジア反日武装戦線さそり」を名乗り、同戦線への参加の意思を表明した。その後も、反日武装戦線の一環として海外進出の建設企業等に対する継続的な爆破闘争を目的として、間組本社九階・六階・大宮工場、韓国産業経済研究所、オリエンタルメタル、間組江戸川作業所、京成江戸川橋工事現場各爆破事件を敢行したが、そのうち間組本社六階、間組江戸川作業所、京成江戸川橋工事現場の各爆破事件については、被告人黒川らの「さそり」グループが直接実行を担当した。

右に要約したところから明らかなように、被告人らの爆弾による武装闘争は、「法的にも、市民社会からも許容される『闘い』ではなく、法と市民社会からはみ出す闘い=非合法の闘い」(「腹腹時計」四頁参照)であつて、憲法の定める法の支配と思想的寛容とに正面から挑戦する行為であるから、絶対に許されないものであることはあらためて説明するまでもない。したがつて、被告人らの本件犯行の動機、目的が前に述べたようなものであるからといつて、被告人らが本件各犯行について責任を免れうるものでないことは原判決が説示するとおりであり、また、その量刑事情として持つ意味についても、被告人らが提唱する「反日思想」の実践として、危険極まりない爆弾攻撃という行動パターンを選択したという点で、厳しく否定的評価が与えられなければならないのである(なお、思想がいかに危険なものであろうとも、それ自体が刑罰の対象にならないことは現代刑法の鉄則である。)。原判決が、その「量刑の事情」欄(二の3、三の3、四の4参照)で、被告人らが判示のような目的、認識のもとに本件各犯行に及んだことはその刑責を軽減する理由となりえない旨説示している部分も、右と同旨と解せられるので、結局この点に関する所論は採用することができない。

(二)「被告人大道寺將司に対する刑の量定不当について」(控訴趣意第四の二)

所論は、原判決が、被告人大道寺らの本件爆弾闘争において提起したもの、すなわち、戦争責任に関する問題と独占資本による海外侵略の問題等に対する判断を回避しながら、被告人らの動機、目的は独善的な主義主張であるとしたうえ、「目的を貫徹するためには無関係の一般市民まで巻き添えにして殺傷することを容認するなど卑劣極まりなく酌量の余地がない」と述べて同被告人に対し極刑を科したのは、判決に影響を及ぼすべき事実誤認ないしは量刑不当の誤りがある、と主張する。

しかしながら、被告人大道寺の本件各犯行の動機目的が所論のようなものであるからといつて、同被告人が本件各犯行につき責任を免れうるものでないこと、及び量刑事情としてみても、同被告人の罪責を軽減する理由となりえないことは、原判決の説示するとおりであり、また、戦争責任に関する問題あるいは独占資本による海外侵略の問題について原判決が判断を差しひかえたことも、司法機能の限界上当然というべきであるから、結局、この点に関する所論は採用することができない。

そこで、更に、所論にかんがみ、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、被告人大道寺の情状について検討することとし、同被告人の関与した本件一連の事件のうち、犯情の最も重いと認められる三菱重工爆破事件、間組本社九階・六階・大宮工場各爆破事件及び荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件を中心に順次考察する。

(1) 三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)について

原判決は、その「量刑の事情」欄の一の1の(一)において、「被告人大道寺、同片岡らの実行した本件は、爆薬量各二十数キログラムに及ぶ大型で強大な殺傷・破壊の威力をもつ爆弾二個を、平日の白昼、しかも昼休みの時間帯でとくに人通りの多い都心丸の内の高層ビル街路上で爆発させ、周辺一帯を修羅場と化させ、現場付近にいて何の危険も予知していなかつた善良な多数の一般市民を巻き添えにして八名もの何ものにも替え難い貴重な生命を奪い、少なくとも一六五名に重軽傷を負わせ、爆弾事件としては、わが国で空前の犠牲者を出すとともに、四億円余の物的損害を与えた残虐・兇悪極まりない無差別殺傷事件である」とし、被告人らの爆弾攻撃により死亡した被害者八名については、「いずれも社会人として真面目に生きてきたもので、或いは春秋に富み、或いは働き盛りで一家の大黒柱であつた人たちであつて、被告人らとは何のかかわりもなく、被害を受けるいわれのない善良な市民であり、被告人らの爆弾により、見るも無残なありさまでその生命を奪われたこの八名の被害者及びその遺族らの無念さと被告人らに対する憎しみ、憤りは、想像に余りあるものがあり、本件犯行が被害者の遺族に与えた影響は、精神的なものはもちろんのこと経済的影響もかなり深刻である」と判示し、更に、負傷にとどまつた被害者についても、「加療一か月以上の者が五十数名あり、日常生活に不自由をきたす後遺症のある者が相当数にのぼり、また、当初診断された治療見込期間以上の治療期間を要したものが多く、中でも、加療期間二年以上の被害者も三名あり、うち一名は受傷後四年を経た時点でもなお通院加療中であつて、被害者らに与えた精神的・肉体的苦痛や経済的負担も重大かつ深刻な者が多い」と指摘しているが、関係証拠によれば、すべてそのとおり肯認することができる。

したがつて、右に述べたとおり、人的、物的な両面にわたり、重大な結果を招来させた被告人大道寺の責任は、極めて重いといわなければならない。

また、本件は、被告人大道寺らが爆弾闘争の一環として、組織的、計画的に敢行した犯行であることは、原判決がその「量刑の事情」欄の一の3の(一)に説示するとおりであるが、その犯行において同被告人は、本件爆弾使用のための時限装置を製作し、更に、本件爆弾二個を被告人片岡とともに完成させて、現場に運搬したうえこれを仕掛けるという本件爆弾の完成と使用に最も重要かつ不可欠な役割を果たしたことも関係証拠により明らかであるから、原判決が、被告人大道寺につき、「その刑責は特に重大である」と判示するところも、十分これを是認することができる。

更に、本件は、被告人大道寺ら「狼」グループがその提唱する「反日思想」に基づく武装闘争の一環として海外進出企業に対する爆弾攻撃を行うことを企図し、その第一弾として敢行した犯行であつて、その動機目的についても、原判決の説示するとおり、その刑責を軽減する理由となりえないこと、本件では、同被告人らから被害者らに対し何ら慰謝の措置が講ぜられていないし、被害者らやその遺族も極めて厳しい被害感情を有していて、被告人らの厳罰を望んでいること、本件犯行が社会一般に与えた衝撃は強烈で、世人に与えた恐怖と不安は極めて大きかつたことなど関係証拠により認められる本件犯行の動機、目的、犯行後の情況等に徴すると、同被告人の罪責はまことに重く、極刑に処することの当否を検討すべき事案であることは否定できないところである。

(2) 間組本社九階・六階・大宮工場各爆破事件(原判示第九の事実)について

原判決は、その「量刑の事情」欄の一の1の(二)において、「被告人大道寺、同片岡、同黒川らの実行したこの三事件において、右被告人らが製造し使用した爆弾も、とくに本社九階及び六階に使用したものは、極めて威力の強いものであり、しかも、犯行態様は三か所同時攻撃という悪質なものであつた。間組九階は、その爆発によつて、爆発現場のパンチテレツクス室内で残業中の社員一名に瀕死の重傷を負わせるとともに、同室を破壊し、九階の大半を全焼させて、一四億円余に達する莫大な損害を与えており、その犯行結果は極めて重大である。」と判示し、更に、パンチテレツクス室で残業し、爆弾の仕掛け地点の至近距離にいた社員沼田行弘について、「同人は、爆発とともに数メートル飛ばされて失神し、火災の熱で覚醒して救助を求め漸く九死に一生を得たが、右爆発により、判示のような重傷を負い、三年余を経過した時点でも骨折に伴う神経麻痺など後遺症のため、時折通院加療を受けている状態で、従前の職務も担当不可能となるなど同人に与えた精神的・肉体的苦痛は極めて深刻である」と指摘しているが、関係証拠によれば、すべてそのとおり肯認することができる。

また、本件は、東アジア反日武装戦線の「狼」「大地の牙」「さそり」の三グループが共同して、三者間及び各グループ内で綿密な計画と周到な準備のもとに実行に及んだものであることは原判決がその「量刑の事情」欄の一の3の(二)に説示するとおりであるが、その犯行において、被告人大道寺は、「狼」グループの代表者として三者会談に臨み、本件間組同時爆破攻撃を決定し、「狼」内部でも間組本社の下見、調査を重ね、大道寺あや子及び佐々木規夫とともに「狼」の爆破箇所、仕掛け地点等を決定し、自ら本件爆弾の時限装置を製作し、右佐々木らとともに、本件爆弾一個を完成させたうえ、犯行当日もこれを運搬して右佐々木に手渡し、同人とともに間組本社九階のパンチテレツクス室に入り、右佐々木がこれを仕掛ける間、出入口付近で見張りを行つており、また、「大地の牙」の斉藤和及び「さそり」の被告人黒川から両グループが本件爆破攻撃に使用する爆弾の起爆装置に用いる手製雷管の提供方を依頼されて、これを引き受け、被告人片岡が製作した手製雷管各一個を同人らに提供したことも、関係証拠により明らかであるから、原判決が、被告人大道寺につき、「『狼』内部においても、三グループ間においても中心的役割を果たし、本件全般にわたり積極的・主導的に行動して、本件各爆弾使用に重要かつ不可欠な役割を担当した」と判示するところも、相当として是認することができる。

更に、本件について、被告人大道寺らから被害者に対する慰謝の措置は全く講じられていないし、被害者も被告人らの厳罰を望んでいること、本件犯行の社会に与えた影響が重大であることなどをあわせ考えると、本件についての被告人大道寺の罪責はとりわけ重大であるといわなければならない。

(3) 荒川鉄橋天皇特別列車爆破予備事件(原判示第四の事実)について

原判決は、その「量刑の事情」欄の一の1の(三)において、「本件は、憲法によつて日本国の象徴・日本国民統合の象徴たる地位にある天皇搭乗の特別列車を爆弾によつて鉄橋もろとも爆破して天皇を暗殺しようとしてその共謀をし準備をしたものであつて、重大で悪質な犯行というべきである。」と判示し、更に、「本件は偶然の事情から予備行為に止まつたが、被告人大道寺、同片岡らの殺意はとくに強固であつたこと、爆発物使用に近い段階にまで至つたまことに危険な行為であつたこと、しかも、本件爆弾は、その後、前記三菱重工爆破に用いられて著しい爆発力・破壊力を発揮した極めて危険なものであつたこと」を指摘しているが、関係証拠によれば、すべてそのとおり肯認することができる。

また、本件において、被告人大道寺は、天皇の旅行日程等について調査、検討をし、現場の下見を重ねて具体的な計画を立案し、手製雷管の開発、実験等にも関与し、本件爆弾の製造に関しても、その弾体のペール缶を被告人片岡とともに購入して爆弾の製造を行い、更に現場で電線敷設作業を行うなど、終始主導的な立場で積極的に重要な行為を担当し、本件犯行の中心的役割を果たしたものであることも、関係証拠により明らかであるから、本件について被告人大道寺の罪責は極めて重いといわなければならない。

のみならず、本件は、予備にとどまつたとはいえ、爆弾による天皇暗殺を企図した事件として、国の内外にもたらした影響が甚大である点も、量刑上考慮されなければならないところである。

前記(1) ないし(3) の爆破事件のほか、被告人大道寺は、「狼」グループの敢行したいわゆる帝人中央研究所爆破事件(原判示第六の事実)においても、爆弾の製造からその運搬、仕掛けに至る重要な役割をすべて担当し、また、他のグループが実行を担当した六件の企業爆破事件(原判示第七、第九ないし第一一の事実)についても、いずれも他グループのリーダーと謀議を重ね、爆弾攻撃に使用する手製爆弾の起爆装置に必要な手製雷管を「狼」グループで製造して提供するなど極めて重要な役割を果たし、その実行に大きく寄与したこと、及び被告人大道寺は、「狼」グループの結成前に実行したいわゆる興亜観音・七士之碑爆破事件など四件の爆破事件(原判示第一ないし第三の一、二の事実)についてもその実行行為に関与するとともに、手製爆弾の製造技術の開発を推進するなど重要な役割を果たし、また、「腹腹時計」の総論部分を執筆していることからもうかがわれるように「東アジア反日武装戦線」結成の中心人物であり、佐々木規夫及び被告人荒井まり子をオルグして「狼」グループに加入させたばかりでなく、「大地の牙」「さそり」の各グループを東アジア反日武装戦線の傘下に結集させ、その連携の中核となつて爆弾闘争を展開、推進させたものであることなどの事実が関係証拠により認められるから、被告人大道寺の責任は、とりわけ重いといわなければならない。

以上詳述したとおり、本件一連の事件は、いわゆる反日武装闘争を提唱する被告人大道寺ら都市ゲリラグループが、その爆弾闘争の一環として、三菱重工をはじめとする海外進出企業等を連続的に爆破し、あるいは天皇暗殺の目的で荒川鉄橋天皇特別列車爆破の準備をし、あるいは日本帝国主義の侵略を象徴するものとして銅像、施設等を爆破し、その結果、国民の耳目を聳動させ、社会に極めて深刻な衝動を与えた事件であつて、爆弾事件としては、我が国犯罪史上前例をみない残虐、兇悪、卑劣な犯行であるといえるから、これら犯行に積極的に関与し、重大な役割を果たした被告人大道寺に対し、死刑を言い渡した原判決の量刑は、相当として是認することができる。

なお、当審における事実取調べの結果によると、被告人大道寺は、三菱重工爆破事件などで攻撃すべきでない人を殺傷した点は自己批判しなければならない旨供述しているが、他方、本件一連の犯行の正当性を主張し、これをもつて武装闘争の活性化の種をまいたと高く評価し、これからもやれる限りのことはやりたいし、多くの人達が更に闘つて行くべきである旨供述していることが認められ、これらの事実を考慮してみても、前記判断を左右するに足るものとは考えられない。

結局、被告人大道寺に対し極刑を科した原判決に所論のような事実誤認ないし量刑不当の誤りは存しないから、この点に関する論旨は理由がない。

(三)「被告人片岡利明に対する刑の量定不当について」(控訴趣意第四の三)

所論は、原判決が被告人片岡利明に対し死刑を言い渡したのは、以下(1) ないし(3) にその理由を要約するように、同被告人に有利な情状を十分に斟酌しなかつたものであるから、あまりに苛酷であり不当である、というのである。

そこで、所論の指摘する理由についての考察を中心に、量刑上考慮すべき被告人片岡の情状を検討することとする。

(1) 所論は、被告人片岡が爆弾闘争を決意するに至つた背景には、社会の矛盾の解消に我が国の政治機構が十分に機能していなかつたことなどの事情があつたのであるから、同被告人の行動について刑事責任を問う場合には、その背景となつた社会の側に責任がないか否かを点検し、それがある場合には同被告人に有利な事情として斟酌すべきであるのに、同被告人の思想自体を極めて悪性のものとしてとらえ、これを量刑上過大に評価した原判決は誤つている、と主張する。

しかしながら、被告人片岡がいわゆる反日武装闘争の一環として敢行した本件一連の犯行の動機形成に、所論のような事情が存したからといつて、同被告人が本件各犯行について責任を免れうるものでないことは原判決の説示するところから明らかであり、また、量刑事情としてみても、本件のように、現在の日本国家及び社会の体制(平和主義、国民主権、基本的人権の保障を柱とする現行憲法の下で、民主主義が国政の基本理念とされ、国民の力で民主主義を実質化することが可能とされている。)を破壊し、その崩壊の上に成立すると見られる新しい社会への義務意識に基づき、自己の主義、主張を暴力をもつて貫徹しようとする事犯においては、所論のような事情は必ずしも罪責を軽減すべき事由になりうるものとは考えられないから、結局、(1) の点に関する所論は採用することができない。

(2) 所論は、被告人片岡が武装闘争を決意しながらも、その実行にあたつては死傷者を出さないように配慮して計画を立てたことを主張し、現に、同被告人らは、「狼」グループの結成前の爆破事件では、予告電話をかけることを予定していないかわりに爆発時刻を夜間とし、特に興亜観音・七士之碑爆破事件においては、近所に住む住職が負傷することのないようにしたこと、天皇特別列車爆破予備事件においては、一般の市民に被害が及ばないように荒川鉄橋に爆弾を仕掛けることにし、しかも、仕掛け場所を川の中の橋脚としたこと、三井物産爆破事件については、予告電話を相手に正確に伝えるには一五分ないし二〇分前からする必要がある旨提言し、佐々木規夫を通じて「大地の牙」グループに伝えていること、帝人中央研究所爆破事件においては、当初、帝人本社の爆破を考えていたものであるが、同本社がいわゆる雑居ビルにあり、これを爆破するときは帝人に関係のない他の会社や人に被害が及ぶおそれがあつたため、爆破目標を帝人中央研究所に変えたばかりでなく、仕掛けた爆弾が爆発した旨の報道がなかつたことから不発に終つたものと誤信し、作業員が誤つて爆弾に触れて爆発し、負傷することがないよう右爆弾の回収に赴いていること、間組本社爆破事件においては、当初、間組の海外工事局長と社長に対する個人テロを検討していたものであるが、海外工事局長や社長以外の者を巻きぞえにする可能性が大きいということで中止し、爆破目標を間組本社に変えたこと、京成江戸川橋工事現場爆破事件については、「さそり」グループが仕掛けた爆弾のうち一個が不発であつたため、その処理に関し相談を受けて検討した結果、労働者らが右爆弾に触れて爆発し負傷することがないよう、早急にもう一つの爆弾を仕掛けて誘爆させる方法をとることになつたこと、などの事実を指摘している。なお、三菱重工爆破事件においても、被告人片岡らは、予告電話により通行人等は十分避難を完了できると考えていたものであつて、右事件で死傷者を出してしまつたのは、天皇攻撃用の爆弾を本件に流用するという軍事技術上の初歩的な失敗を犯したこと、本件爆弾の威力、特に爆風の威力について同被告人らに十分な知識がなく、本件爆弾による被害は同被告人らの予測をこえるものであつたこと、予告電話が予期したとおりの効果をもたらさなかつたことなどによるものであり、本件後に発表した声明文や同被告人らの執筆した「腹腹時計」の記載や同被告人らの原審公判廷における本件に対する反省、総括に関する供述などは同被告人らの殺意の存在を裏付けるに足るものではない、と主張する。

そこで、検討してみるのに、三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)において、被告人片岡について、被害者杉山喜久子を除くその余の被害者に対する殺意を認めるに十分である旨の原判決の説示が相当として是認できることは、既に詳述したとおりであるから(控訴趣意第一の二に対する判断参照)、ここでは、所論指摘のその余の爆破事件において、同被告人が死傷者を出さないためにとつたとされる措置を、本件の量刑上どの程度参酌することができるかという観点から考察することとする。

ところで、被告人片岡が関与した本件一連の事件のうち、事犯の重大性にかんがみ、最も犯情の重いと思われる三菱重工爆破事件についてみると、被告人大道寺の量刑不当の論旨に対する判断の中で詳述したところからも明らかなように、人的、物的な両面にわたり重大な結果を招来させた被告人片岡の責任が極めて重いことは多言を要しない。また、前記爆破事件において、被告人片岡は、本件爆弾の運搬、仕掛けに必要な安全装置付の時限装置を組み立てて起爆装置に結合させるなど、被告人大道寺とともに本件爆弾を完成し、犯行当日は、被告人大道寺の乗用車を運転して途中まで運搬したうえ、被告人大道寺と合流して同人とともにタクシーでこれを本件現場まで運搬するなど、本件爆弾の完成と使用に重要かつ不可欠な役割を果たしたことも関係証拠により認められるから、原判決が被告人片岡につき「同被告人の刑責は被告人大道寺に劣らぬほど重大である」と判示する点も相当として是認することができる。特に、被告人片岡は、爆弾製造の技術開発に努め、爆弾の威力を高めるための手製雷管製造の技術を身につけるなど、「狼」グループの技術面の中心人物であり(前記「腹腹時計」の技術篇を執筆していることからもうかがわれる。)、「その経験と技術をもつて開発した本件大型爆弾が三菱重工爆破事件の重大な人的・物的な被害を発生させた」と指摘する原判決の説示も首肯できるところといつてよい。更に、前記爆破事件において、被告人片岡らは重大な人的・物的被害に対し何ら慰謝、補償の措置を講じておらず、被害者らも厳しい被害感情を有していて被告人らの厳罰を望んでいること、及びその犯行の社会に与えた影響も重大であることなどをあわせ考えると、右爆破事件についての被告人片岡の罪責はまことに重く、極刑に処することの当否を検討すべき事案であることは否定できないところである。そうだとすれば、所論の指摘するその余の爆破事件において、被告人片岡が死傷者を出さないためにとつた措置が所論のようなものであつたとしても、同被告人の関与した前記三菱重工爆破事件を含む本件一連の事件についての責任が極刑に値いするとした原判決の量刑を左右するに足る事情とは認められないから、結局、(2) の点に関する所論は採用することができない。

(3) 所論は、被告人片岡が三菱重工爆破事件において多数の死傷者を出したことに非常な衝撃を受け、爆弾闘争継続の意思を放棄していたことは、その後の三井物産、大成建設、間組本社各爆破事件における同被告人の役割と被害結果についての評価並びに爆弾製造工場を佐々木規夫のアパートに移転して自らは実家に戻つた事実に照らし明白であり、また、同被告人は企業爆破闘争並びに爆弾闘争は誤りであると総括し、このような反省にたつて、死傷した労働者やその遺族に謝罪しているものであるのに、これらの点を情状として十分斟酌しなかつた原判決は量刑に関する重要な事実を誤認したものである、と主張する。

そこで、検討してみるのに、関係証拠によれば、被告人片岡が三菱重工爆破事件において多数の死傷者が出たことに強い衝撃を受け、原審公判廷でも「我々の失敗で何人も死んだと分ると絶望的な気持になり、何度も死のうという誘惑にかられた」旨供述していること、同被告人は、三井物産(ただし、同被告人は実行に加担していない。)、大成建設、間組本社各爆破事件において負傷者を出したことについて失敗であつたと評価していること、同被告人は、帝人中央研究所爆破事件後に「狼」グループが関与した爆破事件において実行行為を担当していないこと、爆弾製造工場を佐々木規夫のアパートに移転して同被告人は実家に戻つたこと、同被告人は原審公判廷で三菱重工爆破事件等の死傷者に対する謝罪の意を表明していることなどの事実が認められることは所論の指摘するとおりであるが、他方、同被告人は、三菱重工爆破事件において多数の死傷者を発生させた重大な結果と社会に与えた強烈な衝撃を十分承知したうえで、なおも、「狼」グループが反日武装闘争の一環として敢行した一連の爆破事件に関与し、特に、帝人中央研究所爆破事件においては爆弾の仕掛けを担当しているばかりでなく、「狼」グループが関与したその余の爆破事件においても、手製雷管の製造を引き受けるなど爆弾闘争の実行に大きく寄与していることが記録上明らかであるから、原判決が「同被告人は、あくまで自己の各犯行の目的、動機は正当であるとし、また、武力闘争による革命という考え方は何ら変えてはいず、労働者を巻き添えにしない対物的爆弾闘争は継続する趣旨のことを述べ、さらに、天皇暗殺計画は現在でも正しいと思つている旨陳述し、要は革命のため味方になりうべき労働者を殺傷する戦術は得策でないとしているにすぎない」旨を説示している点にかくべつ誤リがあるとは考えられない。また、同被告人は当審公判廷において、三菱重工爆破事件等の死傷者に対する謝罪の意を表明し、今後は武装闘争を放棄する旨供述するものの、本件一連の犯行の正当性を主張し、日帝本国人の在り方ないしは生き方という根本的なところで問題を提起する役割を果たしたと評価するほか、世界に目を向けると、武装闘争によつて民族解放のために闘つている人達がいるし、一般的にも武装闘争を否定すべきであるとは考えていない旨供述し、あるいは、捜査段階で詳細な自白をしたことは闘う人間の姿勢として誤つていた旨供述していることに照らすと、原判決が、同被告人について「その反社会的思考は深く固着化していて抜き難いと認められる」と説示する点も肯認することができる。結局、原判決の量刑事情についての判示部分に所論のような誤りは認められないから、(3) の点に関する所論は採用することができない。

なお、所論は、被告人片岡が間組本社九階における殺人未遂事件について起訴されていないことは、量刑上考慮されなければならないと主張するが、同被告人は被告人大道寺と比較した場合その関与の範囲に若干の差があることは否定できないにしても、犯情の最も重いと認められる前記三菱重工爆破事件をはじめ被告人片岡の関与した本件一連の爆破事件自体からも、その罪責は極めて重いと認められるから、「結果として被告人大道寺のそれとほぼ同等である」旨の原判決の説示は相当として是認することができる。

以上詳述したとおり、原判決に被告人片岡についての有利な情状を十分に斟酌しなかつた誤りがあるとは認められないし、また、事件一連の犯行(原判示第一ないし第七、第九ないし第一一の事実、ただし、原判示第九、第一一の事実につき殺人未遂の点を除く)は、いわゆる反日武装闘争を提唱する被告人片岡らの都市ゲリラグループがその武装闘争の一環として敢行した極めて悪質重大な爆弾事件であることも、既に述べたところから明らかであるから(被告人大道寺の量刑不当の論旨に対する判断を参照)、これら犯行に積極的に関与し、重大な役割を果たした被告人片岡の罪責が極めて重いことは多言を要しないところであり、所論指摘の同被告人の家族の状況等を斟酌してみても、同被告人を死刑に処した原判決の量刑はやむをえないところであつて、重きに失し不当であるとは考えられない。結局、この点に関する論旨は理由がない。

(四)「被告人黒川芳正に対する刑の量定不当について」(控訴趣意第四の四)

所論は、原判決が、被告人黒川芳正の本件各行為の動機、目的をことさらに無視し、また、「さそり」グループによる各犯行についても同被告人が主謀者であると強調し(なお、同被告人が共謀共同正犯として有罪の認定を受けた各爆破事件においても、謀議は存在しない。)、更に同被告人が三菱重工爆破事件を十分承知のうえで反日武装戦線に参加したことを刑責上重大であると判示しているが、いずれも恣意的に量刑事情を認定したものであつて、同被告人に対する無期懲役という量刑は不当に重いものである、と主張する。

しかしながら、被告人黒川の本件各犯行の動機、目的が所論のようなものであるからといつて、同被告人が本件各犯行につき責任を免れうるものでないことは、原判決が説示するとおりであり、量刑事情としてみても、同被告人の罪責を軽減する理由となりえないことは、既に「正当性について」の論旨に対する判断の中で述べたとおりであるから、この点に関する所論は採用することができない。

また、原判決は、その「量刑の事情」欄の四の2において、「『さそり』が単独で実行した鹿島建設事件及び『さそり』が直接実行を担当した各事件は、被告人黒川が爆破対象企業を選定して宇賀神、桐島に提示して協議し、現場の下見・調査を重ねて具体的計画を決定し、被告人黒川の宇賀神、桐島に対する指示・指導のもとに共同して本件各手製爆弾を製造し、その運搬・仕掛け・見張り等の役割を分担して犯行に及んだもので、『さそり』グループが被告人黒川を主謀者として綿密周到な計画・準備を経て組織的に実行したものである。(中略)間組本社六階・九階等爆破事件においては、被告人黒川は、『さそり』のリーダーとしてその犯行を主導的に計画立案し、『さそり』の代表者として三者会談に出席し、間組攻撃案を提出して採用させ実行に至らせるなど、三グループ間の謀議及び『さそり』内部の謀議において中心的役割を積極的に果たし」と判示しているが、関係証拠によれば、そのとおり肯認することができるから、「さそり」グループの行つた本件各爆破事件について被告人黒川が主謀者であると判示した原判決に所論のような誤りは存しない(なお、同被告人が共謀共同正犯として有罪の認定を受けた各爆破事件において、いわゆる謀議が存したことは、控訴趣意第二の二の(五)に対する判断の中で詳述したとおりである。)。

更に、原判決は、その「量刑の事情」欄の四の4において、「被告人黒川は、『狼』グループが三菱重工事件を実行した後、その空前の多数死傷者を出したことを十分承知のうえで、反日武装戦線の爆弾闘争に共鳴し、その成果を拡大するためにこれに加わり、爆破事件を次々に重ねたもので、その犯情は極めて悪質であり」と判示していることは所論指摘のとおりであるが、関係証拠によれば、被告人黒川は、昭和四八年秋ころ同じく日雇労働に従事していた佐々木規夫と知り合い、同人との接触を通じて「腹腹時計」を入手し、昭和四九年七月から右佐々木の勧誘により被告人大道寺と接触するようになり、同年九月末に至り、被告人大道寺から三菱重工爆破は「狼」の犯行であることを打ち明けられて、東アジア反日武装戦線への参加を決意し、その参加表明として、建設企業を爆破攻撃することを企図し、同年一二月二三日最初の鹿島建設爆破事件を敢行し、その際「東アジア反日武装戦線さそり」と名乗り、同戦線への参加を表明したこと、及びその後も被告人黒川らの「さそり」グループは、被告人大道寺らの「狼」及び斉藤和らの「大地の牙」の両グループと共同して大手建設企業の間組本社九階・六階・大宮工場の同時爆破事件を敢行し、更に、間組江戸川作業所爆破事件及び京成江戸川橋工事現場爆破事件を実行したことが明らかであるから、原判決の量刑事情に関する前記判示部分に誤りがあるとは認められない。

そこで、進んで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、被告人黒川の情状について検討する。

記録によれば、被告人黒川が関与した本件一連の企業爆破事件(原判示第八ないし第一二の事実)のうち、同被告人らの東アジア反日武装戦線「さそり」グループが単独で実行し、あるいは直接実行を担当したのは、鹿島建設、間組本社六階、間組江戸川作業所及び京成江戸川橋工事現場の各爆破事件であるが、右各犯行は、いわゆる反日武装闘争の一環として海外進出の建設企業等に対する継続的な爆破攻撃を目的として敢行されたもので、極めて悪質、重大な犯行というべきものであることは、原判決の説示するとおりであり、特に、間組江戸川作業所爆破事件については、被告人黒川らは、同作業所宿直室で社員が宿直している可能性を予見しながら、宿直室の床下に爆弾を仕掛けて爆発させ、宿直者今井洋に瀕死の重傷を負わせたが(なお、今井の負傷は、右後頭部に骨折と意識障害を伴う頭部外傷で、入院初期のころには全治の見込みもたたなかつたが、約半年後に退院し、郷里で約半年通院しながら静養に努め、昭和五一年四月一七日から勤務に復している。しかし、同人は、本件のあつた昭和五〇年四月二七日の夜から入院中の同年七月半ば過ぎまでの間の記憶は欠落したままであつて、完全に回復した状態ではない。同人は被告人らを厳重に処罰するよう求めている。)、同被告人は、その下見をし、爆弾の仕掛け場所を指示するという重要な役割を果たしていることも関係証拠により明らかであるから、同被告人の罪責はとりわけ重大であるといわなければならない。

また、被告人黒川は、「さそり」グループのリーダーとして、本件各犯行の主謀者として重要かつ不可欠な役割を果たしたものであることは、既に述べたとおりであるが、「さそり」が直接実行を担当していない韓国産業経済研究所、オリエンタルメタル各爆破事件についても、いわゆる三者会談で「大地の牙」の斉藤和から提示された右爆破計画について自ら企業の内容を調査してその爆破攻撃の必要性を確認してからこの計画に賛同し、犯行当日には警察無線を盗聴して右韓産研爆破の事実を確認するなど、右両事件についてもかなり積極的に関与したことが関係証拠により認められる。

更に、関係証拠によれば、被告人黒川らが製造し、使用した本件の各爆弾は、いずれも塩素酸塩系の混合爆薬を約一キログラムから約四キログラムと多量に用い、弾体を針金、コンクリート等で補強して爆発の威力を強めるように工作したものであつて、これら爆弾の爆発により、一名に瀕死の重傷を負わせ、建物あるいは機械等を破壊し、多額の損害を与えたことが認められるから、本件各犯行の結果も極めて重大であるといわなければならない。

しかも、被告人黒川は、前述のとおり、本件犯行によつて多額の物的損害を与え、特に今井洋に対しては生命に危険の及ぶおそれのある重傷を与えたのに、被害者らに対して慰謝や補償の措置を全く講じていないばかりか、間組江戸川作業所爆破事件で負傷者を出したことについての考えを当審公判廷で弁護人から聞かれたのに対し、「負傷者を出してしまつた点については、部分的には作戦の失敗である。それに対しては個人的に責任をとるとかそういうことではなくて、やはり闘争の中で政治的になぜ失敗をしたか総括して、今後の闘争で失敗を二度と繰り返さないように考えて行くことが、革命を目指す人間の任務ではないかと考えている」旨述べ、何ら瀕死の重傷を負つた今井洋に謝罪する態度を示していないこと、本件各犯行の社会に与えた影響も重大であることなどをあわせ考えると、原判決が「その犯情は極めて悪質であり、その刑責が被告人大道寺、同片岡に次ぐ重大なもの」と判示した点も相当として是認することができる。

のみならず、被告人黒川は、当審公判廷においても、本件の反日武装闘争に関しては、それが革命運動の総体の中で必要であるし、今までやつてきたことは正しかつたと現在でも思つていると述べており、また、今後の日本の革命の展望についても、非合法な武装闘争を軸とした反合法の実力闘争と合法的な大衆運動との三点突破闘争が必要である旨を述べていることに照らしても、反省の態度は全く見られず、その反社会的性格は矯正が困難なほど強度であると認められる。

以上詳述したような本件各犯行の罪質の重大性、動機、態様の悪質性、被害者の被害感情、社会的影響、犯行後の情況などに徴すると、被告人黒川は、「さそり」グループのリーダーとして、また、各犯行の主謀者として、被告人大道寺らに劣らぬほどその罪責は重大であるというほかなく、ただ、被告人黒川の関与した事件では、幸いにも死亡者が発生しなかつた点において被告人大道寺、同片岡らとは犯情の差があるとしても、被

告人黒川に対し無期懲役を言い渡した原判決の量刑はやむをえないところであつて、重きに失し不当であるとは考えられない。結局、論旨は理由がない。

二被告人荒井まり子についての控訴理由(控訴趣意第二篇の第二の一ないし四)

1「原判決には重大な訴訟手続の法令違反、審理不尽ないしは訴因に明示されていない事実を認定し有罪判決をなした違法があり、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の一の(一)(二))

(一)「訴因制度の無視」(刑訴法二五六条、三一二条、三三八条四号違反)(控訴趣意第二の一の(一))

所論は、要するに、被告人荒井まり子に対する訴因が十分に特定されていないから、原裁判所において刑訴法三一二条により訴因の変更を命じて同被告人の防禦上の危険を排除するか、あるいは不適法として公訴を棄却すべきであるのに、なんら適切な処置をとることなく有罪判決を言い渡した原審の訴訟手続には重大な法令違反がある、というのである。

そこで、検討してみると、記録によれば、被告人荒井まり子に対する昭和五〇年六月二八日付起訴状には、正犯者大道寺將司ほか数名の実行行為として、「大道寺將司ほか数名が、東アジア反日武装戦線『狼』と名乗り、海外進出企業等に対して継続して爆弾による爆破闘争を行うことを企図し、その闘争の一環として、治安を妨げ、かつ、人の身体・財産を害する目的をもつて、一昭和四九年八月三〇日東京都千代田区丸の内二丁目五番一号三菱重工ビルヂング前歩道において、二同年一一月二五日同都日野市旭ケ丘四丁目三番地の二帝人株式会社中央研究所中和槽操作盤室内において、三昭和五〇年二月二八日同都港区北青山二丁目五番八号株式会社間組本社ビル九階において、それぞれ塩素酸ナトリウム等を主薬とする混合爆薬を用いた時限式手製爆弾を装置爆発させ、もつて爆発物を使用するにあたり」との各爆発物使用行為の記載があり、また、同被告人の幇助行為としては、「(一)昭和四九年四月ころ東京都足立区所在喫茶店において、前記大道寺らと会合して、前記反日武装戦線『狼』に加盟し、その一員として前記一連の企業爆破闘争を支援することを約し、(二)同年五月ころ同都足立区所在喫茶店における同人との会談及びそのころ同人と取り交わした書簡によつて、右支援の方法として、爆弾製造の原料として使用すべき塩素酸ナトリウム等を今後継続的に入手して右『狼』に補給することを約し、(三)同年八月初旬ころ、右約束に基づき、岩手県一関市内において、塩素酸ナトリウム九八・五パーセントを含有する除草剤クサトール四〇キログラムを入手するなどしたうえ、同月二〇日ころ、東京都荒川区所在喫茶店において右クサトール約六キログラム、同年九月八日ころ仙台市八幡二丁目一番二五号第二青葉荘の居室においてそのころ入手していた起爆剤原料等として使用すべき硫黄約五〇〇グラム、同年一一月九日ころ東京都荒川区南千住七丁目二六番一二号大友荘内右大道寺方において右クサトール約六キログラム、昭和五〇年一月一一日ころ右大道寺方において右クサトール約八キログラム及びそのころまでに入手していた硫黄約一、五〇〇グラムをそれぞれ右大道寺らに交付し、(四)右『狼』の企業爆破闘争の資金として、昭和四九年七月六日ころ現金四五、〇〇〇円を右大道寺方に送付して同人らに供与し、同年一一月九日ころ右大道寺方において同人らに対し現金六〇、〇〇〇円を供与し、昭和五〇年一月一一日ころ右大道寺方において同人らに対し現金三〇、〇〇〇円を供与し」たことが掲げられているが、正犯の実行行為と幇助行為との関係については、「右(一)ないし(四)の一連の行為により、前記一ないし三の各犯行を容易ならしめて、これを幇助したものである」との記載があるのみであることは、所論の指摘するとおりである。

所論は、被告人荒井まり子の幇助行為と正犯の実行行為との結びつきについて、前述のような記載のみでは、同被告人の幇助行為として示されているものが正犯の実行行為にどのような態様、関係において「容易ならしめた」ものとして結びつけられているのか全く不明である、というのであるが、本件起訴状の記載と原審検察官の冒頭手続段階における釈明によれば、同被告人が、正犯者大道寺將司らの東アジア反日武装戦線「狼」に加盟してその企図する爆弾による企業爆破闘争に対し精神的、物質的支援を約し、かつ、その約旨に従つて「狼」に爆発物製造の原料及び右闘争の資金としての金員の供与を継続的に行つた一連の行為が一体となつて、右闘争の一環として正犯者大道寺將司ら「狼」によつて行われた各犯行を容易ならしめたという趣旨であることが明らかであり、同被告人に対する爆発物取締罰則違反幇助の訴因の特定としては、右の程度で足りると解されるので、この点に関する原判決の判断は正当として是認できる。

したがつて、被告人荒井まり子に対する訴因が不特定であることを前提とする所論は採用できない。

(二)「審理不尽ないしは訴因に明示されていない事実を認定し有罪判決をなした違法について」(控訴趣意第二の一の(二))

所論は、要するに、被告人荒井まり子から大道寺將司への昭和四九年八月五日ころの電話連絡は、本件訴因に含まれていないのに、これを三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)の爆発物使用の幇助を成立させるための決め手の一つにしている原判決には、同被告人に十分な防禦の機会を与えていない点で審理不尽の違法があり、また、右電話連絡やクサトール約五〇〇グラムが間組本社九階爆破事件(原判示第九の事実)の爆弾製造に使用されたということは、本件訴因の内容とされていないのに、これを事実として認定し有罪の判決をした原審の訴訟手続には、審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある、というのである。

そこで、検討してみると、関係証拠によれば、所論指摘の電話連絡は、被告人荒井まり子に対する昭和五〇年六月二八日付起訴状の公訴事実のうち、同被告人の幇助行為(三)として記載されている冒頭部分の行為、すなわち「昭和四九年八月初旬ころ、右約束に基づき、岩手県一関市内において塩素酸ナトリウム九八・五パーセントを含有する除草剤クサトール四〇キログラムを入手」した結果の報告であることが明らかであつて、右クサトールの入手行為の付随事情にすぎないから、右クサトールの入手行為が訴因として明示されていれば、電話連絡行為を独立して訴因として摘示する必要はないものである。したがつて、電話連絡に関する供述を含む同被告人の昭和五〇年六月二二日付検察官調書が証拠として採用されたのちは、同被告人及び弁護人においてこれに対処し防禦する機会は十分に与えられていたものといえるから、原判決に所論のような審理不尽の違法は存しない。

また、所論指摘の電話連絡やクサトール使用の点については、原判決が罪となるべき事実としてこれを認定しているのではなく、被告人荒井まり子の幇助犯の成否に関する弁護人らの主張に対する判断の中で、同被告人の幇助行為の存在についての理由づけとして説示しているにすぎないことは原判文にてらし明らかである。しかも、右電話連絡の点は、前述のとおり、クサトールの入手行為が訴因として明示されていれば、独立して訴因として摘示する必要のないものであり、クサトール使用の点も、同被告人の幇助行為そのものではなく、訴因として明示する必要のないものであることは明らかであるから、これと異なる前提にたつて原判決を論難する所論は採用することができない。

結局、論旨はいずれも理由がない。

2「原判決には法令の解釈適用について誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の二の(一)(二))

(一)幇助意思についての原判決の判断の誤り」(控訴趣意第二の二の(一))

所論は、要するに、原判決が、被告人荒井まり子について正犯らの各実行行為(三菱重工、帝人中央研究所、間組本社九階各爆破事件)の一切の具体的認識を欠いている事実を認定しながら、右正犯らの実行行為についての幇助の意思を認めたのは、刑法六二条一項の解釈適用を誤つたものである、というのである。

記録によれば、原判決が、被告人荒井まり子の幇助犯の成立に関する弁護人らの主張に対する判断の中で、同被告人には、「本件各幇助行為の時点において、正犯の大道寺將司らが実行した三件のいわゆる企業爆破事件について、あらかじめ具体的攻撃目標やその実行行為の具体的内容についての認識のないものがあつても、少なくとも右大道寺らが手製爆弾を製造しこれを使用してその新旧帝国主義者の一つとする海外進出企業を爆破攻撃する行為に出るとの認識を有していたものと認められる」旨の説示をしていることは所論の指摘するとおりである。そして、幇助犯成立の要件の一つである幇助の意思は、「幇助者が正犯の実行行為を表象していること、及び自己の行為が正犯の実行を容易ならしめるものであることを認識していること」が必要であると解されることも所論のとおりであるが、本件においては、同被告人が正犯の実行行為を認識していたか否かが問題とされているので、この点について検討する。

ところで、被告人荒井まり子の幇助犯が成立するためには、同被告人において、正犯が実行した行為につき、その日時、場所、行為の対象、実行担当者がなんびとであるかなど具体的な手段、方法を逐一認識予見していたことは必要でなく、特定の犯罪構成要件に該当する行為を犯すという認識、予見があれば足るものと解すべきところ、関係証拠によれば、同被告人が幇助者として正犯である大道寺將司らの実行行為につき、あらかじめその具体的内容についてまでの認識はなかつたとしても、少なくとも大道寺らが手製爆弾を製造し、これを使用して海外進出企業を爆破攻撃すること、すなわち爆発物取締罰則一条及び三条違反の行為に出ることの認識を有していたものと認められることは、原判決の説示するとおりである。特に、同被告人は、捜査段階で検察官に対して、大道寺將司ら「狼」グループが爆弾使用の闘争によつて海外進出企業を攻撃することを十分に知つてこれを支援するため、爆弾製造の原料であるクサトールや硫黄を購入して大道寺將司らに交付し、あるいは資金を供与するなどの各種幇助行為を行つた旨の自白をしており(同被告人の昭和五〇年五月二五日付、同月二九日付、六月四日付及び同月二五日付検察官調書参照)、右供述は、原判決の判示するような同被告人の「狼」グループに加入するに至つた経緯及びその間の経過並びに同被告人の居室から押収されたパンフレツト「腹腹時計」(昭和四九年四月大道寺將司から被告人荒井まり子に渡され、同被告人においてこれを読み、その内容に共鳴したと認められるもの)に「東アジア反日武装戦線狼がこれまで自分たちの手で研究、開発、実験、爆弾闘争を戦つた経験を今の段階で総括するものであり……」(同書一頁)、「狼は、現在いくつかの爆弾事件によつて治安警察から追求されているが、致命的な捜査資料は残していない。」(同書二頁)、「われわれは、新旧帝国主義者、軍国主義者、植民地主義者、帝国主義イデオローグ、同化主義者を抹殺し、新旧帝国主義、植民地主義企業への攻撃、財産の没収などを主要な任務とした狼である。」(同書四頁)などの記載があること等に照らすと、十分措信できるものといつてよい。

次に、爆発物取締罰則一条の「目的」についても、右大道寺將司らが海外進出企業を爆破する以上、「財産ヲ害セントスル目的」を持つていたことを被告人荒井まり子が認識していたことは明らかであり、「治安ヲ妨ゲル」目的についても、右大道寺ら「狼」グループの意図する反日武装闘争の一環として海外進出企業の事務所等を爆破することは、とりもなおさず、法秩序に挑戦し、社会不安を生ぜしめて国民に動揺、衝撃を与えようとすることであつて、大道寺らがこの目的を持つていたことは同被告人においても十分認識していたものと認められる。また、「人ノ身体ヲ害セントスル」目的については、都会地や会社の事務所等において爆発物を爆発させる場合、付近に人が居れば当然死傷の結果が予想されるところであり、それが第一次的目的であつたか否かは別として、大道寺らにおいてこれを認容して犯行に及んでいるものである以上、「狼」グループの一員として企業の爆破を支持していた同被告人が右大道寺らに「人ノ身体ヲ害セントスル」目的があつたことを認識していたものと認めるのが相当である。

以上要するに、被告人荒井まり子が幇助者として正犯である大道寺將司らの爆発物使用につき、あらかじめその日時、場所、攻撃目標など具体的内容を認識していなかつたとしても、少なくとも、右大道寺らが爆発物取締罰則一条にあたる目的をもつて爆発物を使用することを認識してこれを幇助する行為をしたことは十分認定できるところであるから、同被告人に「幇助の意思」の存在を認めた原判決に所論のような刑法六二条一項の解釈適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

(二)「幇助行為についての判断の誤り」(控訴趣意第二の二の(二))

所論は、要するに、幇助犯の成否、特に無形的、精神的幇助を論ずる場合には、幇助行為の無定型、無限定な性格からして慎重かつ厳格な解釈態度が要請されるところ、原判決が被告人荒井まり子の原判示所為につき爆発物取締罰則一条、刑法六二条一項を適用するにあたり、同罰則一条の幇助行為を「現実に正犯の爆発物の使用それ自体を容易ならしめたことが客観的に明らかな場合」に限定するという限定的解釈をとらなかつたのは誤りである、というのであり、その理由として、<1>同罰則には、爆発物使用に必要不可欠な爆発物や器具の製造、譲与等の一定の重要な幇助行為を五条で独立して処罰する規定を設けており、同条の規定は、文言上明らかなように、正犯が同罰則一条の実行行為に及んだ場合でも、五条の態様における幇助行為については同条の罪が成立するにとどまるものと解せられるのに、右態様以外の、例えば、本件のごとく爆発物製造の原料や資金の提供のような、より犯情の軽いことが明らかな幇助行為について、正犯が爆発物の使用に及んだ場合に同罰則一条の幇助犯が成立すると解するのは、刑の権衡のうえからも全く当をえないこと、<2>言いかえれば、同罰則五条は、同罰則三条についての幇助行為のうち、一定の類型のものを重く処罰する規定であるが、同罰則五条に規定する態様以外の態様によつて同罰則三条についての幇助をした場合に、たまたま正犯が同罰則一条の爆発物の使用に及んだからといつて、同罰則五条のより重大な態様の者がなお同条の適用を受けるのに、より軽い態様の同罰則三条についての幇助者が同罰則一条の幇助となることは、明らかに論理矛盾であり、刑の権衡を失すること、<3>してみると、同罰則一条、三条、五条の各規定の相互関係からして、同罰則五条以外の態様による同罰則三条についての幇助行為は、正犯が同罰則一条の爆発物の使用に及んだとしても、なお、同罰則三条についての幇助犯が成立するにすぎないものと解すべき筋合であるから、同罰則一条の幇助行為なるものは、爆発物を直接使用させることについての幇助行為に限定されざるをえないこと、の諸点を挙げている。

そこで、考えてみるのに、爆発物取締罰則五条は、爆発物の高度の危険性にかんがみ、同罰則一条の幇助行為のうち、最も典型的な本犯のためにする爆発物若しくはその使用に供するための器具の製造、輸入、販売、譲与、寄蔵等について、その独自の危険性に着目して独立罪として設けられたものであつて、本犯が爆発物の使用に及んだ場合に刑法六二条の適用を排除し、同罰則一条の幇助犯の成立を否定し、これを軽く処罰しようとする規定でないことは、同罰則の立法趣旨が人の生命、身体、財産に危険な爆発物の爆発に結びつくあらゆる行為をあらゆる段階で処罰することを目的としていること、及び同罰則中に刑法の総則の適用を排除する規定が存しないことからも明らかである(なお、同罰則の立法趣旨からみて、同罰則五条が実質的に刑法八条にいう「特別の規定」にあたると解することはできない。)。したがつて、同罰則五条の態様における幇助行為については、本犯が爆発物の使用に及んだ場合には、同罰則五条の罪と同罰則一条の幇助犯が成立するものと解すべきであるから、これと異なる法解釈を前提として刑の均衡を論じ、同罰則一条の幇助行為について限定的解釈を主張する所論は採用することができない。

結局、同罰則一条の幇助行為には、直接爆発物を使用させることについての幇助行為に限らず、同罰則五条に規定する態様における幇助行為、その他本犯の爆発物の使用を容易にする行為のすべてが含まれると解するのが相当であるから、被告人荒井まり子の原判示第一三の所為につき同罰則一条、刑法六二条一項を適用した原判決に所論りような法令の解釈適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

3「原判決には事実の誤認ないし法令の適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである」との主張について(控訴趣意第二の三の(一)ないし(五))

(一)「被告人の検察官に対する供述調書の信用性について」(控訴趣意第二の三の(一))

所論は、要するに、原判決が証拠として採用した被告人荒井まり子の検察官に対する供述調書一二通の信用性については重大な疑問があるにもかかわらず、その信用性の保障について慎重な吟味をすることなく、事実の認定に供した原審の措置を論難するものである。

そこで、検討してみると、被告人荒井まり子の検察官に対する供述調書中に、客観的事実に反する供述ないし他の証拠により否定される事実についての供述が含まれていることは所論の指摘するとおりであるが、右の供述部分については、取調べ担当の検察官において、同被告人に対し、これを確かめ、あるいは訂正させていることが記録上うかがわれるばかりでなく(例えば、間組本社、韓国産業経済研究所各爆破事件の事前認識の点について、訂正された検察官調書が作成されている。)、原審における証拠調の結果によつて裏付けられた供述部分(例えば、一関市内で購入したクサトール五キログラム入り四袋及び一キログラム入り二〇袋の計四〇キログラムのうち、五キログラム入り二袋及び一キログラム入り二〇袋の計三〇キログラムを大道寺將司らに交付した経緯並びに現金を三回にわたり供与した経過など)も存することなどに徴すると、所論検察官調書の信用性をすべて否定することが失当であることは明らかである。

もつとも、被告人荒井まり子は、取調べ担当の検察官に対して「私は『狼』の闘争についてはすべての同志と共に責任を負いたいと考えており、このような偶然(帝人中央研究所及び大成建設各爆破事件について事前に知らされていたかどうかという点)によつて責任の有無を論ずることには疑問をもつています」旨供述しているところからもうかがわれるように、当時は大道寺將司らの「狼」グループの者と一緒に処罰されたいとの心境にあり、そのことが客観的事実に反する供述を含む検察官調書が作成される一因となつていることは所論の指摘するとおりである。したがつて、同被告人の右のような供述態度を考慮し、他の証拠とも対照したうえで同被告人の検察官調書の信用性について吟味する必要があることも所論のとおりであるが、記録を調べても、原判決の認定する事実に符合する範囲で右検察官調書についての信用性を認めた原審の措置になんら不当なかどは見いだせないので、結局、この点に関する所論は採用することができない。

(二)「被告人は『狼』に参加していたとの認定について」(控訴趣意第二の三の(二))

所論は、要するに、原判決は、被告人荒井まり子の本件三つの爆破事件の爆発物使用についての幇助意思を認定する一つの論拠として、同被告人が「狼」グループに参加していたことを挙げているが、「狼」に加わること自体は「腹腹時計」の内容を支持する思想的共鳴関係を示すものにすぎず、原判示第一三の幇助行為として認定された事実も、「腹腹時計」の思想に向けられた支持表明にほかならないから、右の事実を幇助行為にあたると認定した原判決には、事実誤認ないし幇助犯についての法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討してみるのに、原判決が、被告人荒井まり子は、爆弾闘争を志向するグループ「狼」の単なる同調者ではなく、「狼」に参加していたことは明らかであるニして、同被告人が「狼」に加入するに至つた経緯及びその間の経過について詳細に判示するところは、すべて関係証拠により肯認することができる。

所論は、被告人荒井まり子が、法政大学在学中から大道寺將司、片岡利明らと種々の活動を共にし、研究会活動をし、釧路付近での爆弾実験に立ち会い、原判示第二の総持寺納骨堂爆破事件にも途中まで関与したことは原判決の判示するとおりであるとしても、右爆破事件の際、大道寺將司らと対立して同人らのもとを去つた昭和四七年三月から「腹腹時計」の出版まで二年間の空白があることを考慮すれば、同被告人と大道寺將司らとの間にあつた当初の人間関係の延長線上に昭和四九年四月以降の同被告人と「狼」グループとの関係が存在するものとして同被告人の「狼」への参加を認めた原判決は誤りである、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人荒井まり子は昭和四七年初めころ原判示第二の総持寺納骨堂爆破事件の決行日をめぐつて大道寺將司らと対立したため、同人らのグループからいつたん離脱して同年一〇月に郷里に引き揚げたが、その後も、在京する姉なほ子が大道寺らのグループの一員であつたことから、昭和四八年夏には、姉なほ子と共に岩手県一関市の農薬店で同グループが爆弾製造に用いるクサトール三〇キログラムを購入し、貨車便で大道寺らに送付する手伝いをしていること、及び同被告人は昭和四八年一〇月看護婦の資格を得るため東北大学付属医療技術短期大学看護科に入学したものの、学業を続けるべきか右大道寺らの武装闘争に復帰すべきか悩み始め、同年一二月ころ及び同四九年二月ころ右大道寺將司らと会つて意見を交換していたが、右大道寺らが同人らのグループを東アジア反日武装戦線「狼」と呼称し、「腹腹時計」を出版した後の同年四月ころに上京して右大道寺らと会つた際、右「腹腹時計」一冊を渡され、その内容が自己の考えと同一であつたところから、爆弾使用闘争による反日武装闘争に共鳴し、東アジア反日武装戦線「狼」への参加を表明したことがそれぞれ認められるので、これらの事実に徴すると、原判決が、同被告人の「狼」に加入するに至つた経緯及びその経過として判示する諸事実を総合して同被告人が「狼」に参加していたものと認めたのは相当であつて、その事実認定の過程に所論のような誤りは存しない。

更に、所論は、原判決が被告人荒井まり子を「腹腹時計」のいう「ゲリラ兵士」として「狼」の一員になつたとか、又は「兵站」という任務を担当したものと判定してみても、それだけでは本件について幇助行為を確定したことにはならないから、同被告人と「狼」グループの関係が武装闘争の必要性で結びついたものにほかならないとの基本的事実を前提とするかぎり、原判示第一三の幇助行為とされる事実は、「腹腹時計」の思想に向けられた支持表明にほかならず、正犯らの実行行為に結びつけられるべきものではない、と主張する。

たしかに、被告人荒井まり子が「腹腹時計」の提唱する爆弾を武器とする反日武装闘争に共鳴し、東アジア反日武装戦線「狼」に加入していたとしても、そのこと自体は本件の幇助行為となりえないことは所論のとおりである。しかしながら、原判決は、被告人荒井まり子が東アジア反日武装戦線「狼」に加入して大道寺將司らの行う一連の企業爆破闘争を支援することを約し、その支援の方法として、爆弾製造の原料である塩素酸ナトリウム、起爆剤等に使用すべき硫黄を継続的に入手して補給することを約し、現にこれを補給した一連の行為(原判示第一三の一ないし七)をもつて、正犯らの爆発物使用の各実行行為を援助する行為としていることは原判文にてらし明らかであり、右一連の行為が有形的ないし無形的幇助行為にあたると認められることは後に詳述するとおりであるから、これを「腹腹時計」の思想に向けられた単なる支持表明にすぎないとする所論は、到底採用することができない。

もつとも、被告人荒井まり子が「腹腹時計」を読んで共鳴し、東アジア反日武装戦線「狼」に志願する旨大道寺將司らに連絡した後においても、右大道寺らは「狼」グループの企図していたいわゆる虹作戦(原判示第四の荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀・殺人予備事件参照)を同被告人に明らかにしていないし、「狼」グループの実行した他の爆破事件についても同被告人を事前の相談に加えていないことは所論の指摘するとおりであるが、これは、当審公判廷における大道寺將司の「虹作戦を(被告人荒井に)告げなかつたのは、佐々木規夫と異なつて一緒にやらないし、具体的なことは多く知らない方がよいと思つたからで、(被告人荒井を)信用していないからではない」旨の供述によつても明らかなように、「狼」グループの一員であつても、直接実行行為に加担しない者に対しては犯行の発覚防止、組織防衛などのため、具体的行動計画についてはこれを秘す方針であつたこと(「腹腹時計」七頁参照)と同被告人が当時学業のため遠隔地にいたことによるものと認められるので、前記結論を左右するに足るものとは考えられない。

以上、要するに、被告人荒井まり子の原判示第一三の一ないし七の事実を幇助行為と認定した原判決に所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りは存しないから、結局、論旨は理由がない。

(三)「被告人が交付したクサトールのうち約五〇〇グラムが間組本社九階爆破事件に使用された爆弾の爆薬に費消されたとの認定について」(控訴趣意第二の三の(三))

所論は、要するに、原判決は、被告人荒井まり子が三回にわたり大道寺將司らに交付したクサトールのうち約五〇〇グラムが間組本社九階爆破事件(原判示第九の一の事実)の爆弾の爆薬に費消されたとの事実を認定しているが、右推認の過程には重大な誤りがあるというのであり、その理由として、<1>原判決は、大道寺將司の居室から押収されたクサトールーキログラム入り二二袋のうち、いずれも有効期限が昭和五二年一〇月となつている未使用分一九袋と開披ずみの一袋(中身が約半分に減少しているもの)の合計二〇袋が、同被告人において昭和四九年八月五日一関市内の千田作商店から購入した一キログラム入り二〇袋のクサトールにあたると認定しているけれども、大道寺あや子の検察官調書添付の「在庫一欄」によれば、三菱重工爆破事件以降のクサトールの在庫は、有効期限昭和五二年一〇月のものは計三六キログラムあつたことになるから、これに同被告人の大道寺將司らに交付したクサトール合計三〇キログラムがすべて含まれているとしても、右有効期限のものは他に六キログラム存在していたことになり、しかも、その所在が明らかでないから、前記開放されている一キログラム入りクサトール一袋を直ちに同被告人の交付したものと断定するには疑問があること、<2>また、原判決は、昭和四九年八月以降「狼」グループが製造した爆弾は、三菱重工、帝人中央研究所、間組本社九階爆破事件に使用した四個の爆弾のみであり、その他には実験用の爆弾を製造したことも、クサトールを爆薬以外の用途に費消したこともないと認められるとし、更に、前記「在庫一欄」の末尾に当時保管していたクサトールの中から間組本社九階の爆破に使つた爆弾を作る際に一四〇〇グラムを費消した旨のメモ書きがあることから、前記費消されたものと推認した約五〇〇グラムのクサトールは間組本社九階の爆破に使つた爆弾の爆薬に費消されたと認定しているけれども、クサトールはモデルガンを改造した拳銃の手製実包用の火薬を作るための燃焼実験等にも使われているので、前記五〇〇グラムのクサトールを原判示のように断定はできないことの二点を挙げている。

そこで、検討してみると、「狼」グループにおいてクサトール等の保管を担当し、その在庫状況を記録していた大道寺あや子の検察官に対する昭和五〇年六月一六日付供述調書謄本添付の「在庫一欄」によれば、三菱重工爆破事件以降のクサトールの在庫は、有効期限が昭和五二年一〇月のもの三六キログラム、同五一年一〇月のもの一キログラム、同四九年一〇月のもの一キログラムの合計三八キログラムとなつており、他方、大道寺將司の居室(東京都荒川区南千住七丁目二六番一二号大友荘二階)から昭和五〇年五月一九日押収されたクサトールは、五キログラム入り五袋(有効期限が昭和五三年一〇月のもの二袋、同五二年一〇月のもの二袋、有効期限が判読できないもの一袋)及び一キログラム入り二二袋(有効期限が昭和五二年一〇月のもの二〇袋のうち一袋は開封されており、その残量は約〇・六キログラムであり、他の二袋は、有効期限が同五一年一〇月のもの一袋と判読できないもの一袋である。)であるから、合計約四六・六キログラムであることも関係証拠により明らかである。ところで、大道寺將司の居室から押収された右五キログラム入りクサトール五袋のうち、有効期限が昭和五三年一〇月のもの二袋については、前記「在庫一欄」に記載がない(被告人荒井まり子の仙台市内の第二青葉荘の居室から押収されたクサトール五キログラム入り二袋の有効期限がいずれも昭和五三年一〇月であることから、大道寺將司の居室から押収された有効期限が昭和五三年一〇月のクサトール五キログラム入り二袋は、同被告人において昭和五〇年四月に右大道寺らに交付したもので「在庫一欄」に未記載のものと認められる。)から、これを除くと、クサトールの合計は約三六・六キログラムになるが、この約三六・六キログラムに間組本社九階爆破事件の爆弾の爆薬に費消された一・四キログラムを足すと、約三八キログラムになり、「在庫一欄」記載のクサトールの合計三八キログラムとほぼ符合することになる(なお、大道寺將司の居室から押収されたクサトールのうち、有効期限が判読できない五キログラム入り一袋については昭和五二年一〇月を有効期限とするもの、同じく判読できない一キログラム入り一袋については昭和四九年一〇月を有効期限とするものとあてはめて考えると、「在庫一欄」の記載とよく照応することがわかる。)。

したがつて、「在庫一欄」に記載のクサトールは間組本社九階爆破事件に使われた爆弾の爆薬に費消された一・四キログラムを除き減少していないことになるから、弁護人の「在庫一欄」などを根拠に有効期限が昭和五二年一〇月のクサトールのうち六キログラムがどこかに消え失せたとの主張は、全く根拠がないといわなければならない。

次に、関係証拠によれば、<1>昭和四九年八月以降「狼」グループが製造した爆弾は、三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件の二件に使用した合計三個の爆弾と間組本社九階爆破事件に使用した一個の爆弾のみであり、その他には実験用の爆弾を製造したことも、また、クサトールを除草剤として使つたり、他に処分した形跡もないこと(弁護人の主張する実包用の火薬を作るための燃焼実験に使われた薬品その他についても、クサトールと同様の除草剤であるデゾレートが前記「在庫一欄」によると合計一九・八キログラムであるのに、大道寺將司の居室から押収されたデゾレートは五キログラム入り二袋合計一〇キログラムであつたことからみて、右実包などに使われた薬品はデゾレートであつたと推認するのが相当である。)、<2>三菱重工爆破事件以降のクサトールの在庫状況を記録した前記「在庫一欄」の下部に「<1>-1400」とあるのは、当時「狼」グループにおいて保管していたクサトールの中から間組本社九階爆破事件に使用した爆弾の爆薬を作る際に、有効期限が昭和五二年一〇月のクサトール一四〇〇グラムを費消したということを大道寺あや子がメモしたものであること(「<1>-1400」とある<1>は、「在庫一欄」の上部の「<1>S・52・10」を意味することは、「在庫一欄」全体の記載からみて明らかである。)、<3>前記「在庫一欄」に記載のクサトールの合計三八キログラムかち右の一四〇〇グラムを引くと三六・六キログラムになり、大道寺將司の居室から押収されたクサトールの合計約三六・六キログラム(「在庫一欄」に未記載のクサトール五キログラム入り二袋を除く)とほぼ符号することがそれぞれ認められるから、右<1>ないし<3>の事実を総合すると、大道寺將司の居室から押収された開披ずみの一キログラム入り一袋は間組本社九階爆破事件に使用する爆弾を作る際に用いられたものと認められる旨の原判決の説示は、相当として是認することができる(大道寺將司の昭和五〇年六月二六日付検察官調書一二項参照)。したがつて、右一キログラム入りクサトール一袋の中の減量分に相当する約〇・四キログラムのクサトールは、右大道寺らが右爆弾の爆薬の製造に費消したことは明らかであるから、この点に関する所論は採用できない。

もつとも、このように考えると、大道寺將司の居室から押収されたクサトールのうち有効期限が昭和五二年一〇月のものは、五キログラム入り二袋及び一キログラム入り二〇袋(うち一袋は開封されており、残量は約〇・六キログラムである。)であり、前記間組本社九階爆破事件の爆弾に使用されたクサトールは一・四キログラムであるから、なお、有効期限が昭和五二年一〇月のクサトール一キログラム入り一袋が他に存在し、右爆破事件の爆弾製造に用いられたことになる(大道寺將司の昭和五〇年六月二六日付検察官調書一二項参照)。

そこで、大道寺將司の居室から押収されたクサトール一キログラム入り二二袋のうち、いずれも有効期限が昭和五二年一〇月となつている未使用分一九袋と開披ずみの一袋(残量は約〇・六キログラムである。)の合計二〇袋が、原判決の認定するように、被告人荒井まり子において三回にわたり右大道寺らに交付した一キログラム入りクサトール二〇袋に該当するかどうかについて検討する。

関係証拠によれば、<1>被告人荒井まり子が大道寺將司らにクサトールを交付した時期は、昭和四九年八月二〇日ころから同五〇年四月一九日ころまでの間で、五キログラム入り二袋及び一キログラム入り二〇袋の合計三〇キログラムであること、<2>右一キログラム入りクサトール二〇袋は、同被告人が昭和四九年八月五日岩手県一関市内の農薬店で「阿部末子」の偽名を用いて一括購入したもので、これを同年八月二〇日ころと同年一一月九日ころと同五〇年一月一一日ころの三回に分けて右大道寺らに交付したものであること、<3>右五キログラム入りクサトール二袋は、同被告人が昭和四九年八月五日岩手県一関市内の農薬店で「三浦玲子」の偽名を用いて一括購入した四袋のうちの二袋で、右四袋は、いずれも有効期限が昭和五三年一〇月と認められるところからみて、前記一キログラム入りクサトール二〇袋についても、特段の事情の認められないかぎり、その有効期限は同一の表示のものと推認できること、<4>同被告人が大道寺らに最初にクサトールを交付した昭和四九年八月二〇日ころには、既に、三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件に使用した合計三個の爆弾は「狼」グループにおいて製造されていたこと、<5>「狼」グループの行つた一連の企業等爆破事件に使用した塩素酸ナトリウムの購入、準備関係について説明した大道寺將司の昭和五〇年六月二三日付検察官調書には、昭和四九年以降同人にクサトールを渡した者として被告人荒井まり子についての供述が存するのみであることがそれぞれ認められ、右<1>ないし<5>の事実を総合すると、大道寺將司の居室から押収された有効期限が昭和五二年一〇月のクサトール一キログラム入り二〇袋のうちの少なくとも一九袋については、被告人荒井まり子が一関市内の農薬店で一括購入した三回に分けて右大道寺らに交付した一キログラム入りクサトール二〇袋の分が含まれているものと推認するのが相当であり、記録を調べても、右認定の妨げとなる事実は認められない。

そうだとすれば、大道寺將司の居室から押収されたクサトール一キログラム入り二二袋のうち、いずれも有効期限が昭和五二年一〇月となつている未使用分一九袋と開披ずみの一袋(残量は約〇・六キログラムである。)については、(イ)右のクサトール合計二〇袋を、被告人荒井まり子が三回にわたり右大道寺らに交付した本件のクサトールに該当すると認めるか、あるいは(ロ)前述の「有効期限が昭和五二年一〇月のもの一キログラムが他に存在し、間組本社九階爆破事件の爆弾製造に用いられたことになる」とされた一キログラム入り一袋に、前記二〇袋のうちの未使用分一九袋を加えた合計二〇袋を本件のクサトールに該当すると認めるか、あるいはまた(ハ)前記「有効期限が昭和五二年一〇月のもの一キログラムが他に存在し、間組本社九階爆破事件の爆弾製造に用いられたことになる」とされたクサトール一キログラム入り一袋に、前記二〇袋のうちの未使用分一八袋と開披ずみの一袋を加えた合計二〇袋を本件クサトールに該当すると認めるか、いずれにしても、右(イ)ないし(ハ)の場合の一つに該当することは動かしがたいところと言わなければならない。

したがつて、原判決が、大道寺將司の居室から押収されたクサトール一キログラム入り二二袋のうち、いずれも有効期限が昭和五二年一〇月となつている未使用分の一九袋と開披ずみの一袋(中身が約半分に減少しているもの)の合計二〇袋のクサトールは、被告人荒井まり子が昭和四九年八月五日一関市内の千田作商店から購入した一キログラム入り二〇袋のクサトールであると認められる旨説示している点は、疑いを容れる余地があるといわなければならないが、同被告人において三回にわたり正犯の右大道寺らに交付した本件のクサトールのうちの一部(一、四〇〇グラム又は一、〇〇〇グラム、少なくとも四〇〇グラム)が間組本社九階爆破事件に使用された爆弾の爆薬に費消された事実は動かしがたいことは前述したところから明らかであるから、結局、この点に関する原判決の認定に誤りはないことになる。それゆえ、論旨は理由がない。

(四)「無形的幇助行為の認定について」(控訴趣意第二の三の(四))

所論は、要するに、被告人荒井まり子について無形的幇助犯が成立するとした原判決の判断は、その前提たる事実を誤認し、精神的幇助行為の成立要件についての解釈を誤つたものである、というのである。そこで、所論にかんがみ、以下の二点について順次検討する。

まず、所論は、原判決は、被告人荒井まり子が爆弾(爆薬)製造の原料を補給した行為は三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件の正犯の実行行為を精神的に援助したものとして無形的幇助に該当すると解しているが、クサトールは正犯らにおいて特別な障害も困雖もなしに入手しており、同被告人の補給に頼らざるをえない性質のものではなく、かつ、正犯らにおいて同被告人の行動を支配しうる立場にもなかつたのであるから、同被告人によるクサトール、硫黄等の補給行為は「正犯らに爆弾の製造、使用について安堵感を与え、暗に実行を奨励、助長し、その犯意を強固ならしめる」ものでないことはもちろん、「正犯が向後連続的に行なう爆破闘争の回数及びこれに用いる爆弾の大きさ、個数を決定する場合の大きな要因となる」ものでもなかつた、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、除草剤クサトールは、塩素酸ナトリウムを含有し、爆弾(爆薬)製造の原料として欠くことができず、しかも都会地では一般に入手困難なものであつたことは明らかであり、現に、大道寺將司の昭和五〇年六月二三日付検察官調書には「昭和四八年三月か四月ごろ日本橋の薬問屋に除草剤を買いに行き、五軒ぐらい回つたが除草剤は少なく、しかも身分証明書の提示を求められたり、印鑑を要求されたりして、簡単には買えませんでした。(中略)この時の経験で東京では除草剤が簡単に手に入らないことが分り、私達は地方で除草剤の買える所はないか探しました。」旨の供述があり、片岡利明の昭和五〇年六月一二日付検察官調書によつても、除草剤の購入が次第に困難となり、そのため東北地方は農家が多く入手しやすいことから、被告人荒井まり子にクサトールの購入を依頼したことが認められる。

もつとも、「腹腹時計」の一五頁には、除草剤は現在最も入手が簡単な材料である旨の記載があることは所論の指摘するとおりであるが、同書の同じ個所に「季節(五月~八月)と地域(農業)を選べば、一応使用目的等を聞かれるにしても、入手することは難かしいことではない。」との記載があることをあわせ考えると、必ずしも前記認定を左右するに足るものとは認められない。

ところで、関係証拠によれば、正犯の大道寺將司らが実行した三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件で使用された爆弾は、いずれも被告人荒井まり子が本件クサトール及び硫黄を右大道寺らに交付する以前の昭和四九年八月一〇日ころ荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀・殺人予備事件(原判示第四の事実)に使用する爆弾として製造されたものであることが認められるから、同被告人が正犯の右大道寺らに交付した本件クサトール及び硫黄が三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件に使用された爆弾の爆薬に費消されていないことは明らかである。したがつて、被告人荒井まり子について幇助犯の成立が認められるとするためには、同被告人の本件クサトール及び硫黄の補給行為によつて正犯の右大道寺らの爆弾使用の実行(三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件)の意思が強化されたなどの事実の存することを要するものと解すべきところ、片岡利明の「除草剤等の薬品は爆破作戦をたててから集めるというのではなく、普段から入手を心掛け、当分の間作戦に困らないように蓄積していた」旨の供述によつても明らかなように(同人の昭和五〇年六月二三日付〔乙二の29〕検察官調書三項参照)、大道寺將司ら「狼」グループが企図していた一連の企業爆破闘争を行うにはクサトール等の爆薬製造の原料が備蓄されるか、継続して補給されることが必要であり、同被告人によつて一般に入手困難な塩素酸ナトリウムを含有するクサトール及び硫黄が入手され、継続的に補給されることは、正犯の右大道寺らが現に備蓄保管していたクサトール及び硫黄を必要に応じ、いつでも爆弾製造に費消し、製造した爆弾をいつでも使用することを可能にすることであるから、これはとりもなおさず、右大道寺らに「爆弾の製造、使用をしやすくし、その使用の意思を強固ならしめた」ことにほかならない。この点について、原判決が「クサトール等の補給状況如何は、正犯らが、向後連続的に行なう爆破闘争の回数及びこれに用いる爆弾の大きさ、個数を決定する場合、大きな要因となることは明らかである」とし、更に、「被告人荒井が正犯の右大道寺らの組織する東アジア反日武装戦線『狼』に加入して右大道寺らの行なう企業爆破闘争支援を約し、その支援の方法として、爆弾製造の材料として用いるべき塩素酸ナトリウム・起爆剤等として用いるべき硫黄等を向後継続的に入手して補給することを約し、現にこれを補給した一連の行為は、一体として正犯らが連続した爆弾使用攻撃の実行行為をなすにあたり、その爆弾を使用し易くしその使用の意思を強固ならしめたものと推認できる一旨判示しているのも、被告人荒井まり子の本件クサトール及び硫黄の「補給行為」と正犯の大道寺將司らによる三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件の「爆発物の使用」との因果関係を認め、精神的幇助行為が成立するとしたものであることは明らかであり、原判決の右説示部分に所論のような誤りは認められないから、結局所論は採用することができない。

次に、所論は、原判決は、被告人荒井まり子が昭和四九年八月五日ころクサトール四〇キログラムを入手して、その旨を大道寺將司に電話連絡した事実を認定し、これを三菱重工爆破事件についての無形的幇助犯が成立するための重要なポイントとしているが、かりに、電話連絡がなされた事実があつたとしても、当時右大道寺らにおいてこれを意に介するような状態になかつたことが明らかであるから、同被告人の電話連絡が「爆弾の大きさや個数を決定するについて役立つた」と判示する点は誤りである、と主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人荒井まり子は、昭和四九年八月五日岩手県一関市内の農薬店でクサトール五キログラム入り四袋及び一キログラム入り二〇袋の合計四〇キログラムを購入したこと、及びその後同被告人が大道寺將司に電話連絡した際、クサトール四〇キログラムを入手した旨の報告をしていることが認められ(現に、同被告人は当審公判廷で「昭和四九年八月五日クサトールを購入してから二、三日経つたころ、大道寺將司に電話した際、クサトールを購入したことを伝え、同人に喜んでもらいたいという気持があつた」旨を供述している。)、この点についての原判決の説示部分をみると、「被告人荒井が昭和四九年八月五日ころクサトール四〇キログラムを入手して、そのころその旨大道寺將司に電話連絡し、同月二〇日ころ右大道寺らにクサトール六キログラムを補給したことは、正犯の右大道寺らの三菱重工に対する爆弾攻撃に用いる爆弾の大きさ及び個数を決定するに役立ち、右爆弾を使用し易くし、右使用の犯意を強固ならしめたと推認できる」旨判示しているので、その当否について検討する。

関係証拠によれば、大道寺將司ら「狼」グループが三菱重工爆破事件及び帝人中央研究所爆破事件に使用した合計三個の爆弾は、右大道寺らが昭和四九年八月一〇日ころ、当初は荒川鉄橋天皇特別列車爆破共謀・殺人予備事件(原判示第四の事実)の爆弾として、既に入手して保管中のクサトールなどの塩素酸ナトリウム合計約四三キログラムを使用して製造したものであるところ、右大道寺らにおいて右三個の爆弾を製造できたのは、既に被告人荒井まり子がクサトールを継続的に入手して補給する約束をしていたこと及び同被告人がこの約束に基づき同年八月五日クサトール四〇キログラムを現実に入手してその旨右大道寺將司に電話で連絡していたため、在庫のクサトールなどを大量に費消しても、後日同被告人からクサトールが補給されることが判明していたことによるものと認められるので、この点に関する原判決の説示部分に所論のような誤りは存しない。もつとも、本件缶体としてのペール缶は、大道寺將司、片岡利明の両名が昭和四九年八月五日購入していたものであることは所論の指摘するとおりであるが、右の事実は必ずしも本件爆弾の製造に関する前記認定の妨げになるものとは考えられない。

以上、要するに、被告人荒井まり子について無形的幇助犯が成立するとした原判決の判断に所論のような事実誤認ないし法令解釈の誤りは存しないから、論旨は理由がない。

(五)「資金供与行為が本件各爆破事件についての幇助行為に該当するとの認定について」(控訴趣意第二の三の(五))

所論は、要するに、被告人荒井まり子が三回にわたり現金を供与した行為は、もともと爆発物取締罰則一条の幇助たりえないものであり、その金額も「狼」グループの経営を支えるに足るものではなく、しかも、同被告人の場合には全くの任意の拠金であつて、供与した金員の一部が爆発物製造の原料、器材購入費などに費消された事実も認められないのであるから、これを同罰則一条の幇助行為に該当するとした原判決には、事実誤認ないし法令適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人荒井まり子が三回にわたり供与した現金は、いずれも「狼」グループの企業爆破闘争の資金として、他のメンバーが拠出した現金とともにプールされ、財政担当の正犯者大道寺あや子のもとで保管されて、右闘争に用いる爆弾の製造に必要な原材料、機械、器具等の購入資金などに充てられていたこと、同被告人は「狼」グループの一員ではあつたが、学生であり職についていないことから、他のメンバーが「狼」グループの活動資金を分担して定期的に拠金(グループの間では税金と呼ばれていたもの)していたのと異なり、経済的余裕があつたときに拠金したものではあるが、いずれも「狼」グループの闘争資金に充てられることは知つていたことが認められるから、同被告人の本件現金の供与行為も、正犯の大道寺將司らの爆発物使用の本件各実行行為を間接的に援助する行為として、幇助行為に該当することは明らかである。

したがつて、右の点に関する原判決の判断は正当であつて、所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

4「原判決の被告人に対する刑の量定は不当である」との主張について(控訴趣意第二の四)

所論は、要するに、原判決の被告人荒井まり子に対する量刑は、未決勾留日数の算入の点も含めて不当に重い、というのである。

そこで、考察してみるのに、被告人荒井まり子が幇助した正犯らの犯行は、三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)、帝人中央研究所爆破事件(原判示第六の事実)及び間組本社九階爆破事件(原判示第九の一の事実)の三件の爆発物使用罪にあたる犯行であるが、これら正犯の犯行が、いずれも、その動機、目的において酌量の余地がなく、犯行の態様も極めて組織的、計画的で、その結果も重大であり、社会に与えた影響も甚大であることについては、既に被告人大道寺將司、同片岡利明の量刑不当の控訴趣意に対する判断において詳述したとおりであるから、ここでは、被告人荒井まり子の幇助行為を中心に、所論にかんがみ、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、同被告人を懲役八年(未決勾留日数七〇〇日算入)に処した原判決の量刑の当否を検討することとする。

まず、原判決は、被告人荒井まり子の量刑上考慮すべき情状として、その「量刑の事情」欄五の2において、「被告人荒井は、経歴及び本件各犯行に至る経緯の項に判示のような経過で、東アジア反日武装戦線『狼』を呼称し爆弾を武器とする反日武装闘争を提唱する正犯大道寺將司らの考え方及び戦術に共鳴して、右ゲリラ組織『狼』に加わり、同人らの爆弾の製造・使用目的が海外進出企業を含む新旧帝国主義者とされるものに対する継続的な爆弾攻撃であることを熟知しながら、判示第一三のとおり、その支援を約し、爆弾の爆薬材料となるクサトール、起爆剤等に用いる硫黄等の継続的補給を約し、現実にこれらを提供し、爆弾闘争の資金も供与して正犯らの犯行を幇助して、その実行に大きく寄与したものであるが、とくに同被告人は、『狼』に積極的に参加してその爆弾闘争支援を約し、重要な幇助行為に及んだものである」ことを挙げ、「組織外の者がたまたまやむなく幇助行為をした場合とは異なつて、その犯情は極めて悪質であり、その刑責は幇助とはいえ重大である」と判示している。

関係証拠によれば、被告人荒井まり子が、右「狼」グループに加盟し、正犯の本件爆弾の製造、使用に加担した経緯及びその経過については、原判決の判示するとおりであるが、特に、同被告人は、右「狼」の一員として、「狼」が反日武装闘争の一環として継続的に敢行する企業爆破闘争を積極的に支援するため、この爆破攻撃に用いる手製爆弾の製造原料として都会地では入手困難なクサトール・硫黄などを地元で入手して継続的に補給することを大道寺將司に申し出て、本件一連のクサトール等の交付行為に及んだものであること、同被告人が提供した本件クサトールは、正犯らが製造しようとする手製爆弾の爆薬原料として不可欠で、しかも大量に必要とする薬剤であつたし、現にその一部が間組本社九階爆破事件の爆弾に用いられており、また、硫黄もいわゆる白色火薬の組成分として必要であり、殊に起爆装置として用いる手製雷管の製造には不可欠の薬剤であつたこと、同被告人が供与した本件闘争資金は、右「狼」の財政担当の大道寺あや子のもとで、他のメンバーの拠出した資金と一緒にプールされ、順次爆弾製造に必要な材料、器具等の購入費等に充てられたことなども、原判決の指摘するとおりであるから、同被告人が本件で果たした役割は極めて重要であつて、その責任は重いといわざるをえない。

しかも、被告人荒井まり子は、本件幇助行為のほか、自ら爆弾製造に必要な材料、器具等を買い求めて、仙台市内の第二青葉荘の自室で時限式手製爆弾の製造を試みたり、また、クサトールを持つて上京した際には、大道寺將司らと会合して爆破予定の企業の一部について聞知したり、「狼」グループのメンバーとともに富士山ろくへ赴いて手製銃で射撃実験を行つたり、更に、自らも爆破対象企業を想定して三菱商事ビルの下見を行つたりしたことなどをあわせ考えると、原判決が「幇助犯とはいえ、その犯情の悪質さは明らかである」と判示するところも十分これを是認することができる。

なお、原判決は、被告人荒井まり子が、三菱重工爆破事件後、それが「狼」グループの犯行であることを知らされながら、その多数の死傷者を発生させた重大な結果と社会の受けた強烈な衝撃を十分承知したうえで、依然幇助行為を継続したこと(原判示第一三の五ないし七の行為参照)を挙げて、「その犯情は幇助犯としては極めて悪質というべきである」と判示しているので、この点について検討する。

関係証拠によれば、被告人荒井まり子は、三菱重工爆破事件後、それが「狼」グループによる犯行であることを片岡利明から知らされた際、いわゆる新旧帝国主義者に対する爆弾闘争に関係のない人達を死なせ、傷つけたことは正しいことではないと考えていたが、その後「狼」グループの発表した声明文で右爆破事件の結果を正当化しているのを読んで非常なシヨツクを受けたこと、同被告人は、右三菱重工爆破事件による闘争についての総括が十分でなかつたと考えながらも、右の闘争を直接担つていない者として批判する資格がないように思い、そのまま闘争を続けてしまつたことなどの事情が認められるが、他面、同被告人は、右三菱重工爆破事件後も、原判示のように幇助行為(判示第一三の五ないし七参照)を継続し、昭和五〇年四月一九日ころ上京した際には、「狼」の構成員である佐々木規夫が借りたアパートの一室を作りなおし、手製雷管などを製造する武器工場にするための手伝いをしていること、同年五月上旬に上京した際にも、右佐々木規夫のアパートの地下工場で雷管の外枠作りをしていることなどの事実も証拠上明らかであるから、原判決が「多数の死傷者を出した三菱重工事件後、その『狼』の犯行であることを知らされながら、依然幇助行為を継続したことこそその刑責に大きな影響があるというべきである」とし、「その犯情は幇助犯としては極めて悪質というべきである」と判示する点には、かくべつ誤りがあるとは考えられない。

更に、原判決は、本件犯行後の情状として、その「量刑の事情」欄の五の5において、「被告人荒井は捜査段階では自白し、一見反省の態度も窺えるかのごとくであつたが、その当時すら、検察官調書に明らかなように、本件の反日武装闘争を正しいものとし、この闘争を受け継ぐ者らのため真相を明らかにする必要ありとして自白したものであつて、爆弾闘争の誤りを反省したものでないことは、公判廷での爆弾闘争の正義性・正当性の主張の強弁や、再三出廷を拒否し、訴訟指揮に従わず何回も退廷させられたり、制裁を科せられるなど激しい法廷闘争を続けてきた同被告人の言動がこれを裏書きしていること、及び同被告人は、公判廷において、反日武装闘争の正当性を主張し、さらに、いまだに過激な爆弾による反日武装闘争を呼号する東アジア反日武装戦線のゲリラ組織から離脱せず、被害者らに対する謝罪もなく、他方、逮捕された当時通学していた医療技術短大に復学して看護婦になりたいとして強く保釈を求めた点に窺えるように極めて自己中心的な性格をあらわにして」いることを挙げて、「反省の情は全く認められず、再犯のおそれも極めて大であり、その更生は甚だ困難と考えられる」と判示している。

関係証拠によれば、被告人荒井まり子は、捜査段階でも反日武装闘争は正しいと信じて、この闘争を受け継いでいく人達のためにも真相を明らかにする必要があると考えて自白したことが認められ(同被告人の昭和五〇年五年二五日付検察官調書参照)、また、同被告人は原審公判廷において、他の被告人らと同調して、再三出廷を拒否し、裁判長の訴訟指揮に従わず再三退廷させられたり、監置の制裁を科せられるなど、激しい法廷闘争を続けてきたものであることも、記録に徴し明らかであり、更に、同被告人は、当審公判廷で「大道寺將司らが、これまでの闘いの中で訴えてきた天皇の戦争責任の問題とか、日帝の海外侵略の問題とか、日帝本国人の侵略性とか反革命性とか、一言で言うと『反日思想』をできるだけ広く多くの人たちに訴えていきたいと思つている」と述べていることからもうかがえるように、同被告人は今なお、極めて過激で危険な反日武装闘争の革命思想を堅持していることからみて、同被告人に反省、悔悟の情は認められず、同被告人の「三菱重工爆破事件により死傷者を出したことに対しての自己批判とか心の痛みだけは受け継いでもらいたくない」旨の供述を考慮してみても、原判決が「再犯のおそれも極めて大であり、その更生は甚だ困難と考えられる」と判示した点に誤りはなく、相当として是認することができる。

以上要するに、本件の正犯である被告人大道寺將司らが実行した三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)、帝人中央研究所爆破事件(原判示第六の事実)及び間組本社九階爆破事件(原判示第九の一の事実)の三件の爆発物使用罪にあたる犯行の重大性、兇悪性と被告人荒井まり子が都市ゲリラグループの東アジア反日武装戦線「狼」の一員として関与した本件幇助行為の重要性、それに加えて同被告人の反省の情の欠如、再犯の可能性などをあわせ考えると、同被告人について酌むべき諸般の情状、特に、同被告人が正犯らに交付したクサトールは、三菱重工、帝人中央研究所各爆破事件に使用された爆弾の爆薬に費消されていないこと、多数の死傷者を出した三菱重工爆破事件については事前に具体的に知らされていないこと、前科、前歴がないことなど所論指摘の諸事情を斟酌してみても、同被告人に対し懲役八年を言い渡した原判決の量刑はやむをえないところであつて、重きに失し不当であるとは考えられない。

また、本件審理の経過の状況、特に、原審の審理が長引いたのは、被告人荒井まり子らの出廷拒否や裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権に従わないことによる審理遅延や同被告人らと同調して裁判所の在廷命令に反し無断退廷した弁護人らの行動、弁護人らの辞任等に大きく起因していることなどを勘案すると、原判決の未決勾留日数算入の点についても所論のような不当なかどは認められない。結局、量刑不当の論旨は理由がない。

第二被告人本人の控訴趣意について

一被告人大道寺將司、同黒川芳正、同荒井まり子の控訴趣意

1「闘いの正当性」との主張について(控訴趣意第一篇の一ないし五)

所論は、本件各爆破事件における被告人らの反日武装闘争の意義と正当性を主張し、被告人らの本件各行為を正当とする事由について種々述べているけれども、所論の挙げる事由が本件各行為において犯罪成立要件である構成要件該当性、違法性、責任性のいずれをも阻却するものでないことは、原判決が「本件各事件に正当性があるとの被告人ら・弁護人らの主張並びにこれに対する当裁判所の判断」の項で説示しているとおりであり、また、右の事由が量刑上被告人らの罪責を軽減する理由となりえないことについても、弁護人の控訴趣意に対する判断一の4及び二の4において詳述したとおりであるから、結局論旨は理由がない。

2「三菱重工殺意デツチ上げ批判」との主張について(控訴趣意第二篇の一、二)

所論は、要するに、三菱重工爆破事件につき、被告人大道寺將司らに殺意はなかつたのに、同被告人らに殺意があつたと認定した原判決には重大な事実誤認がある、というのであり、その理由として、同被告人らは本件爆弾の威力を十分認識しておらず、また、爆弾に関する知識も十分でなかつたこと、「腹腹時計」の技術篇に記述された内容は初歩的なものであるから、「腹腹時計」の執筆をもつて同被告人らが爆弾についての高度な知識を有していたものとはいえないこと、「腹腹時計」や「狼通信」第一号の各記述内容、被告人大道寺の原審における最終陳述等は同被告人らの殺意を推認する根拠とはなりえないことなどを挙げている。

しかしながら、三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)において、被告人大道寺將司らについて、被害者杉山喜久子を除くその余の被害者に対する殺意を認めるに十分である旨の原判決の説示が相当として是認できることは、弁護人の控訴趣意に対する判断一の1の(一)(二)において詳述したとおりであるから、この点に関する論旨は理由がない。

3「間組本社九階爆破における殺意デツチ上げ批判」との主張について(控訴趣意第二篇の五及び六の(二))

所論は、要するに、間組本社九階爆破事件につき、被告人大道寺將司に殺意はなかつたのに、同被告人に殺意があつたと認定した原判決には重大な事実誤認がある、というのである。

しかしながら、間組本社九階爆破事件(原判示第九の一の事実)につき被告人大道寺將司に殺意があつたと認定した原判決に所論のような誤りが存しないことについては、弁護人の控訴趣意に対する判断一の1の(四)において詳述したとおりであるから、この点に関する論旨は理由がない。

4「間組関係『殺意』デツチ上げ批判」との主張について(控訴趣意第二篇の六の(一)(三))

所論は、要するに、間組江戸川作業所爆破事件につき、被告人黒川芳正に殺意はなかつたのに、同被告人に殺意があつたと認定した原判決には重大な事実誤認がある、というのである。

しかしながら、間組江戸川作業所爆破事件(原判示第一一の事実)において、被告人黒川芳正に殺意があつたものと認められる旨の原判決の説示が相当として是認できることは、弁護人の控訴趣意に対する判断一の1の(五)において詳述したとおりであるから、この点に関する論旨は理由がない。

5「『量刑の事情』批判」との主張について(控訴趣意第二篇の三)

所論は、要するに、原判決が、被告人らの提唱する反日武装闘争の意義とその量刑事情としてもつ意味を正しく理解することなく、また、刑罰としての死刑が憲法三六条に違反するものであるのにこれを合憲として、被告人大道寺將司らに対し死刑を言い渡したのは、歴史の流れに逆行する不当に重い刑の量定である、というのである。

しかしながら、刑罰としての死刑が憲法三六条に違反するものでないことは、弁護人の控訴趣意に対する判断一の2の(一)において説示したとおりであり、また、被告人らに対する原判決の量刑が重きに失し不当なものとはいえないことも、弁護人の控訴趣意に対する判断一の4において詳述したとおりであるから、結局、論旨は理由がない。

6「荒井まり子に対する『幇助罪』デツチ上げ批判」との主張について(控訴趣意第二篇の四及び七の(一)ないし(三))

所論は、要するに、被告人荒井まり子は、東アジア反日武装戦線「狼」の一員ではなく、大道寺将司らにクサトールや硫黄を交付したり、資金を供与したことも、右大道寺らの爆発物使用の幇助行為とはなりえないものであるのに、同被告人のクサトール、硫黄等の補給及び資金の供与等をもつて、爆発物取締罰則一条の幇助にあたるとした原判決には重大な事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、被告人荒井まり子は、正犯の大道寺将司らが結成した東アジア反日武装戦線「狼」に加盟し、その一員として、右大道寺らが行う一連の企業爆破闘争を支援することを約し、その支援の方法として、爆弾製造の原料として使用されるクサトール等を今後継続的に入手して補給することを約束したうえ、順次クサトール、硫黄を右大道寺らに交付し、かつ、爆弾使用闘争の資金として現金を供与し、これら一連の行為が一体となつて、正犯の右大道寺らの本件各犯行を容易ならしめたものと認められることについては、弁護人の控訴趣意に対する判断二の2の(一)(二)及び3の(二)ないし(五)において詳述したとおりであるから、原判決に所論のような事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りは存しない。結局、この点に関する論旨は理由がない。

二被告人片岡利明の控訴趣意

所論は、要するに、三菱重工爆破事件につき、被告人片岡利明に殺意はなかつたのに、同被告人に殺意があつたと認定した原判決には重大な事実誤認がある、というのであり、その論拠として、<1>同被告人は本件爆弾の威力を十分には認識していなかつたこと、<2>本件爆弾の爆発により高層ビルの窓ガラスが破損して道路側へ大量に落下することは同被告人において予測できなかつたこと、<3>同被告人は、事前に予告電話をして避難するよう警告する方法で死傷者の発生を回避できると考えていたこと、<4>本件爆弾の表面に危険物である旨の警告表示をしたのは、爆弾の発見を容易にし、退避を確実にするためのものであつたこと、<5>「腹腹時計」や「声明文」の記述等は同被告人の殺意を示す証拠とはなりえないこと、などの諸点を挙げている。

しかしながら、三菱重工爆破事件(原判示第五の事実)において、被告人片岡利明らについて、被害者杉山喜久子を除くその余の被害者に対する殺意を認めるに十分である旨の原判決の説示が相当として是認できることは、弁護人の控訴趣意に対する判断一の1の(一)(二)において詳述したとおりであるから、この点に関する論旨は理由がない(なお、浴田由紀子の検察官に対する供述調書謄本に証拠能力を認めた原審の措置に所論のような違法は認められない。)。

よつて刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、被告人黒川芳正、同荒井まり子に対し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中各五〇〇日を原判決の各本刑にそれぞれ算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人らに負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内藤丈夫 裁判官 三好清一 裁判官 石田恒良)

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